3月22日、姉と名古屋フリープラン1泊の旅に出かけた。
伏見駅から徒歩2分の名古屋国際ホテルは公園の前にそびえる老舗ホテル、インテリアも落ち着いて居心地が良かった。

1日目は尾張一宮まで足を延ばし、一宮市三岸節子記念美術館を訪ねた。94歳で他界するまで画業75年、日本、欧州で活動を続けた。1998年93歳の時、美術館は一宮市により生家跡地に建設開館された。


名古屋駅から1時間以上かかる立地で、三岸節子その人物の環境、作品と出会い、ゆったりと芸術時間が流れた。



これまで体験したこと、今の生活を、ちさと姿の見えないタモツさんが語った言葉をつづります。
3月22日、姉と名古屋フリープラン1泊の旅に出かけた。
伏見駅から徒歩2分の名古屋国際ホテルは公園の前にそびえる老舗ホテル、インテリアも落ち着いて居心地が良かった。

1日目は尾張一宮まで足を延ばし、一宮市三岸節子記念美術館を訪ねた。94歳で他界するまで画業75年、日本、欧州で活動を続けた。1998年93歳の時、美術館は一宮市により生家跡地に建設開館された。


名古屋駅から1時間以上かかる立地で、三岸節子その人物の環境、作品と出会い、ゆったりと芸術時間が流れた。









去年11月に入手したシクラメン、2度目の花盛りで花数が多い。毎朝花が増え、心がなごむ。
明けましておめでとうございます。
新しい年、大事なく日常が流れますようご祈念いたします。
大晦日に「富山きときと空港」に飛び、昨年の気分をリセットすべく、魚津市の金太郎温泉で過ごした。


「寿司の富山」で売り出し中、アイデアは流石だ。


ホテルでは初詣のために魚津神社まで送迎バスを出す。10時30分発に予約した。第2便のせいか、利用者は4名だった。
魚津神社は能登半島地震で大きく被害を受けた。今も石の鳥居が解体されたままで、係りの方が義損金の御協賛を集めていた。
お詣りの帰り、蜃気楼が見える海岸線や山の湧水が出ている水道、大正時代の米騒動の起点となった米倉などミニ観光をした。人口4万人の魚津市のホテルのスタッフは皆親切だ。
2日の出発の朝、夜のうちにまとまった降雪があり、白色の町に変わった。9時にホテルを後にして富山駅に向かった。路面電車に乗り、ガラス美術館を訪ねた。隈研吾のスペースを広く使った贅沢な建造物だった。地元の受験生の学習コーナーもガラス越しに見える。
空港に行くまで2時間あった。美術館近くにある富山市民がお詣りに行く日枝神社を訪ね、雪舞降る中、2度目のお詣りを果たした。


空港では名物のブラックラーメンと握り寿司のセットを頂いた。大晦日は、富山駅近くの富山湾食堂の新鮮な握り寿司を食し、お寿司の富山を2回体験できた。

今年もあと何日とテレビで毎日カウントダウンしている。
実感がないまま季節のイベント、雑事を行なっている。

実家は賃貸に出しているが、庭の柚子が気になって、収穫させてもらった。
柚子の木は裏年表年があり、収穫高にばらつきがあるらしい。実家の柚子には80個ほどの実があった。姉はジャム作りに使い、私は柚子茶を味わった。柚子1個を絞り、蜂蜜とお湯を混ぜるだけだがとても美味しい。

ひとり暮らしでもクリスマスの飾りは11月に行う。
天国の従妹の遺品の刺繍作品から、お菓子でできた家のクリスマスヴァージョンとLEDライトのツリー、お菓子を飾った。

テレビが見づらくなり、50インチの有機ELテレビに買い替えた。画質も音質も改善され、海外の映像を画面からカメラに納めることもあり、世界が広がった。

クリスマスコンサートとフレンチコースのディナーは久しぶり。前菜の盛り付け方もデザート風で新しく、カップの雲丹のクリームも初めての味体験だ。

単発のハンギングフラワーバスケット作りを体験した。
春まで持つそうだ。工作のような作業もあり、指先の力の衰えを実感。
こうして振り返ると、来年の心得が見えてきた。認知症は記憶力の衰えばかりではないらしい。様々の味覚を体験し、新しい技術を少しずつ取り入れ、指先を鍛えるのが好ましい。
12月3日、ユニークな古代の宝物との出会いを楽しみに六本木に向かった。


六本木ヒルズの52階ではるばるペルーのリマにあるラルコ博物館から来た130点の古代アンデス文明の考古物が展示されている。




モチェ文化、インカ帝国と日本では時代がとらえにくい。時系列の展示ではなかったので、時代を追わずに出土品そのものを芸術品として楽しんだ。
文字をもたない文明から伝わるアイ・アパエクの英雄伝説や、自然崇拝の信仰ゆえの奇習など、当時の生活や人々を想像しながら2時間余りが流れた。
最終日11月16日、午前中はグエル公園、午後は海辺のレストランでランチ。食後はコロンブスの像を見ながら、バルセロネータ ビーチに近い橋を渡り、旧市街地を2時間ほど散策した。

モデルルームとして建てた家は、眺めがよいが生活環境に人気がなく、ガウディが一人で住むことになった。





旧市街地、ゴシック地区と呼ばれている細い迷路は、単独行動は安全とは言えない。しかしピカソ美術館、ガウディが毎週通った教会、ガウディと仲間たちが好んで集った教会前の噴水など、当時の時代に引き戻れそうな建築物がたち並んでいた。スペインの旅は最高だ。

近くにガウディが毎週通っていたサン・フェリペ・ネリ教会がある。

スペイン滞在4日目はいよいよバルセロナに向かう。
グラナダ空港9時40分発、バルセロナに11時10分着、90分の飛行時間だ





キリストの4使徒の柱、聖マタイと聖マルコのシンボルの明かりが柱の上に見えた。ここは石で造られた林の中だ。

予約の入場券は1時間の限定で、エレベータで上階へ昇るチケットでなかったのが残念だった。入場だけでも今は困難らしい。
宿泊ホテルは大聖堂が望める徒歩10分のよい立地だった。
3日目、グラナダのメイン観光のアルハンブラ宮殿はイスラム支配となったのち、1232年にナスル朝王が建設し、貴族ら2千人以上の人々が暮らした。
1492年にカトリック両王によるグラナダ陥落まで、711年から約800年の時代が続く。
宮殿の入口に8時40分に到着、道路混雑もなく予定より早い見学のスタートだ。小高いヘネラリーフェ庭園を含め、3時間は歩いた。







ニンニクスープ、オックステール煮込み料理のランチの後、バスで90分、107キロを走って白い街並みのフリヒリアナを散策した。


典型的な地中海沿岸の快晴になった。4時過ぎに再びグラナダへ向かう。ここまでで3日目の観光は十分満足した。
翌日はホテルを7時30分出発で空港へ向かう。夜のアルハンブラのディナー付きフラメンコショーは体力温存のためパスをした。
旅の2日目、マドリードのアトーチャ駅10時発のスペイン版新幹線AVEに乗車、約2時間でコルドバに到着した。
この日は昼食後、コルドバのメスキータ(イスラム教モスク)を2時間見学した後、バス移動約208km、3時間かけてグラナダのホテルに向かった。

785年にイスラム教モスクとして建設が開始され10世紀に完成されたが、今は聖マリア大聖堂として使われている。
500本を超える柱や二重アーチが並び、2色色彩のレンガが特長の広大な建築物だ。


1146年初めてカトリック教会として使用された。1489年にはゴシック様式の身廊(入口から祭壇までの側廊より高い道)が作られた。

イスラム教の至宝のミフラーブは、メッカの方向を向く神聖な場所だ。


最後に撮影スポットで有名な花の小径に立ち寄った。
狭い路地でも土産店などがあり観光客で混雑していた。
次の目的地グラナダへ向かう。
約208km、3時間のバスでの移動、スーツケースは先にマドリードからバスでグラナダの宿泊ホテルに到着している。
初めてのスペイン旅行、いよいよ11月11日、羽田空港から午前便でパリ経由マドリードに飛んだ。
14名のグループ。シニア世代のご夫婦5組と女性同士の2組、添乗員はスペイン渡航170回を超えるベテランという構成メンバー、スペイン6泊で名所旧跡を飛び回った。

ホテルから近いプラド美術館、予約の開館10時前に到着した。周辺は朝の散歩にぴったり、天気も良く飛行機雲が見えた。

館内は撮影禁止、ベテランの現地日本人ガイドの年配男性が2時間ほど解説してくれた。ベラスケス、ゴヤ、エル・グレゴの三大巨匠そしてルーベンスの三美神などの名画を細かくわかりやすく解説してくれた。中身が濃すぎてちょうど良い感動の2時間だったが、観る時間がなかった他の作品も名残惜しかった。

ガイドさんによるとこの騎馬像はヨーロッパでもっとも知られている、プラド美術館の名画から造形した銅像だ。1640年にこの地に到着、後ろ足だけでバランスをとった安全性はガリレオ・ガリレイの計算のおかげで実現した。

名物の海鮮パエリヤのランチをいただいた後、バスで約1時間70キロ離れた古都トレドに到着。
ローマ時代からの城塞都市のトレドは569年に西ゴート王国の首都になった。イスラム教の侵入で西ゴート王国が滅亡した後、1561年のマドリード遷都までキリスト教、ユダヤ教の文化が共存した。



11月12日、夕方5時30分、午後からの駆け足だった半日ツアーの世界遺産古都トレドの夕暮れ時を惜しみつつ、マドリードに戻るバスに乗車した。