母の三回忌を迎えて

母が令和元年5月に他界して2年たった。
快晴のもと親族10名出席の三回忌法要を無事に終えた。

母の晩年は、葬儀をとり行う宗派について、私はかなり考えた。
母はイエスキリストを慕っていた。西欧美術展を巡り、キリスト教聖画の葉書コレクションも残っている。

しかし最終的にたどり着いたのは、「代々の家の伝統、習慣となっている仏教形式で行う」ことだ。個人の信条と異なる位置にあっても、「仏教の法事があってよかった」と今、心から思う。

忙しい生活の中、優先して、普段会えない親族と会う機会があることは、良い習慣だと、歳をとって実感した。気持ちの区切りにもなった。母の存在は今でも時々感じるが、社会の一員だった母の存在を新たにした。

実際の命日は翌日の5月31日。
この日も穏やかな心地良い風を感じる快晴だった。
窓際に椅子を移して、ただ空を眺めていた。遠くの電車の音、鳥のさえずり、ごみ収集車の音楽など、人々の生活活動の音をしばし、聞いていた。

龍が鼻から息を出している?

雲が変化をつけて形を変える。
「もしかして空からのメッセージはないだろうか?」
目を凝らして雲の形をたどる。
「あれは龍が鼻から息を出している? 右下に十字架のようにも見える雲が。」母の干支は辰年だった。
「あの雲は目が二つ、口が真一文字の顔に見える」
父の顔を思い出す。

仁王のような人面に見える

私も旅立った人と生きる本格的なシニア生活に入った。

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