人生の迷い道 (2)

人はなぜ迷うのだろう?
迷い道の構造は人間の迷いよりずっと簡単だ。人は迷い道を選ばざるを得ないように創られている。迷い道は迷っている状態で、間違った道とは異なる。人生そのものが迷路になっている。スタートからゴールまでゲームのように迷路を通り抜けなければならない。勘の働く人でもストレートには行けない。

しかしこの迷路は人に親切設計になっている。迷い道を突き進んでも、結局は皆一緒のゴールにたどり着けるような人生の迷い道だ。迷っている間は心が揺れて苦しいが、揺れが止まればゴールに一歩一歩着実に近づくことができる人生の迷い道だ。物には道理があり、迷い道にも訳がある。

人は迷い道を通り抜けた時、誰でも感じることができる。迷い道を抜けた人だけは感じる喜びを。目の前にひらけた大きな道が一本あることを。その感覚を得るためだけの迷い道だ。

複雑なように見えて実は簡単だったと、後から知るようにできている人生の迷い道。この単純さは後になって初めて感じられる単純さである。

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