ニュートン、気持ちは運動不足にならなかった

ニュートンは偉かった。
ニュートンは離れたところから、リンゴが地面に落ちるのを見て、万有引力の法則を発見した。その法則の詳細は知られなくとも、このエピソードは有名だ。平凡な自然の風景の中に引力を見出したのが偉人の始まりだろうか?

木から落ちたリンゴはおそらく水気を増し、柔らかくなった、腐ったリンゴだっただろう。木の下にいてリンゴに当たったわけではなく、離れた場所にいて落下するリンゴの姿を見て、引力を感じた。そこに他への関心といたわる目がある。総合的に世の中を見る寛大さがある。

たまたま木の下を通りかかって落下してきた、腐ったリンゴに当たれば、人は誰でも何かを感じ、学ばざるを得ない。そこで何かを学んでも、それは平均的な人間の反応だ。誰でも「今日は運が悪い。いまいましいリンゴだ」とか「腐ったリンゴは落ちやすい」とか、何らかの感想を持つ。我が身に降りかかったことに感想を持ったり、考えることは当たり前の反応だ。自分に関係ないと通り過ごすことが多い。

遠くに立って自分と直接関わり合いのないように見えることから何かを引き出す、真理を見つける、宝を見つける、それは「神の子、仏の子である人」としての資質だろう。

時代は良くも悪くも流れ進み、今、世の人々は世間の多様な生き方を認め、否定も肯定もしないことが多くなってきた。反面、自分が動いたり、動かされることがめんどうくさくなってくる。個人の気持ちも運動不足になって、動きにくく、動かされにくくなってきた。

周りの風景を他人事のように捉える人と、自分たちのこととして捉える人、それぞれ発見する法則の数は違ってくるだろう。

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