夜明けの鈴の音

鈴の音は宗教的な音だ。

いちばん思い出すのは神社仏閣でお参りするとき。綱を振って鈴を鳴らす。お守りを買うと鈴がついていることも多い。家庭用のお仏壇にはお鈴がある。西洋ではトナカイのジングルベル、教会の鈴の音。

宗教から離れると、風鈴、玄関の呼び鈴、自動車や取締りの人が鳴らす警鐘音。いずれも自分以外の存在に呼びかける時に、まず鈴を鳴らす。いきなり話しかけず、音で気をひき、語り始める。当たり前のことだ。

もっとも身近な電話は鈴の音というより最近は音楽や効果音、時には振動だけだったりする。昔はベルが電話を発明したので、電話の呼び出し音といえばベルの音だけだった。リンリンと呼び出す。携帯やパソコンが普及してきて、ベルの音は少なくなってきた。多種多様の音を電子機器から出して、他人を呼び出すようになった。話す内容は昔も今もそれほど変わっていないが、会話が始まる前の呼び出し音の幅が広くなってきた。ベルの音は押され気味である。

鈴の音はシンプルである。電子社会からみれば、いかにも昔ながらの音だ。優しく、涼しげな音色から、かわいい音、浮き立つ音、荘厳な音、騒がしい音など。音階はないが、たくさんの表現が可能だ。鈴だけで会話が成り立つほどだ。

人間がことばを失って発声できなくなった場合を考えてみよう。音だけで気持ちを表現したら、怒り、不安の感情表現はたくさん表わされるだろう。感情にまかせて音を出すことができる。反対に楽しい思いは工夫を要する。しかし、追求すれば晴れやかな良い感情を微妙なまで表現できる。

夜明けの鈴の音。これを夢かうつつか?という状態で聴いたことがあるだろうか。布団の中で聴く音だ。この鈴の音はキィンコォンと1回だけ鳴るという特長がある。誰かが呼び鈴を鳴らすのだが、その後何も語らないというのも特長である。鈴の音が鳴ったと知らせるだけの鈴の音だ。訪ねて来る人もいなければ、メッセージもない。そのあとは無音、静寂である。呼び鈴だけ押したあと、逃げたのでもない。

そこに何かが訪ねて呼び鈴を押した。

ただ「私」がいるということを知らせるだけの夜明けの鈴の音だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Translate »