家では小さな花屋さんのイメージで観葉植物と花が付く鉢植えを20鉢ほど置いている。

色が変化するマーガレット
何年か前に買ったシャコバサボテン、デンマークカクタスともいう。毎年花が咲くと聞いていたが、いっこうにツボミが出ない。諦めかけていたところに、今年急に朱色とピンク色が混ざった小さな小さなツボミがいっせいに付いてきた。

昨日、最初の花が開花した。ツボミも一番乗りは嬉しいに違いない。
これまで体験したこと、今の生活を、ちさと姿の見えないタモツさんが語った言葉をつづります。
家では小さな花屋さんのイメージで観葉植物と花が付く鉢植えを20鉢ほど置いている。
何年か前に買ったシャコバサボテン、デンマークカクタスともいう。毎年花が咲くと聞いていたが、いっこうにツボミが出ない。諦めかけていたところに、今年急に朱色とピンク色が混ざった小さな小さなツボミがいっせいに付いてきた。
昨日、最初の花が開花した。ツボミも一番乗りは嬉しいに違いない。
1月20日、冷雨が降る中、久しぶりに東京駅から一つ目の竹橋に来た。姉と待ち合わせて、皇居三の丸尚蔵館へ向かう。
入館して正面に展示されているのが奈良一刀彫の像。ユーモラスな表情と美しい着物の彩色が始めに目を引いた。
他ではなかなか見ない一対の七宝焼きの大壺。
この正月に玉造温泉でたくさんのメノウのアクセサリーを触った。掌でいつくしむ感覚はよくわかる。メノウは手遊びでいつまでも触っていたい。
香淳皇后(1903〜2000)にサウジ国王から贈られたネックレスのモチーフは可愛らしい花で今風だ。
壁一面、大迫力の太陽と富士山、皇居内でのみ鑑賞できる大観の2千点にのぼる富士山の絵の中で秀逸大作。
正面に設置されていたベンチに座って作品を眺めながら、日本の近代史現代史を思う。
今日はクリスマス。
先週始めに微熱が出た。ニュージーランド旅行中、コロナにかかった。旅の終わりで日本の入国の際、体温センサーにも引っかからなかったが、翌日発熱外来でコロナ判定をしてもらう。陽性反応が出た。意外というか、やはりと言うか、複雑な心境だ。
今年5月からコロナが5類に移行したおかげで、療養について規則はなくなった。治療については、ラゲプリオという特効薬を紹介された。高齢者や持病のある患者向けで、毎日8個のカプセルを5日間服用。昨日で飲み切った。
以前、多種多様の症状を見聞きした。喉の痛み、話しにくさ、痰の絡み、身の置き所がないような不快感、眠気、頭の重さ、幻想など少しづつ移り変わり、効果の速さを実感した。普段、クスリは飲まないが病気の時は本当にありがたいと思う。コロナ禍の初期の頃は患者は大変だっただろうと今更ながら思う。
1週間、ずいぶん睡眠をとった。寝ている間にカラダがウイルスと戦い、普通の風邪より時間はかかっているが徐々に回復してきた。
年末のコロナの通過後、来年2024年、改めて神様中心にした一日一日を大切に生きよう、と心に思う。
12月を迎えた。
今年一年を漢字一文字で表すと、「訪」が浮かぶ。
気になっていた多くの土地を訪ねることができた。
のどかに過ぎた。
が、年末に近づくにつれ「戦う」
「争い」は後味わるく避けているが、私は時々「戦う」
戦わなければ、落ち着かない。
筋を通したい。
戦って相手から理解を得られると、嬉しい。
理解を得られなくても、戦ったあとは後味が良い。
安心して先に進むことができる。
国立新美術館、企画展示室にて
2023年7月12日〜10月2日の期間、開催された。
9月29日の朝、アートの広告メールで知り、ぶらりと訪ねてみた。
230年前のイタリアの月明かり。雲が流れている。
イタリアの火山噴火、自然の脅威。
イギリスのラファエル前派の画家。
森の中に横たわるシェークスピア、ハムレットの「オフェーリア」は彼の代表作品だ。
瀬戸内海の豊島にもリヒターの作品、14枚のガラスが、自然と融和して展示されている。
今日で熱く長かった8月の最終日。
涼を期待するが、9月も猛暑が続くらしい。
月がかわるのは嬉しい。
9月は準備の時期だったり、
世間の夏休みやお盆休みも終わり、
新しいことに出会うことが多い。
暦のおかげで、9月の元気をもらう。
お正月はまったりと速度をゆるめる新年。
9月は徐々に速度をあげる新年度。
新宿の損保美術館の山下清展を訪ねた。
8月9日、水曜日の午後、アクセスが複雑な場所にもかかわらず予想外の大勢の人々。190点ほどの山下清の生涯をたどる生誕100年目の回顧展を十分に堪能し、今まで見たことがなかった油彩画や陶磁器にも触れることができた。
1922年、関東大震災の翌年に東京に生まれ、1971年ドルショックがあった年に49歳の画家の生涯を閉じた。
私の人生と20年ほど重なり、当時の生活や風景、思想、旅行事情など思い出した。
画家活動が始まり、勧められて油彩画に挑戦、花々を多く描いた。
チューリップは私の好きな花でファイルを購入した。
日本中を旅した山下清は、海外旅行が難しい時代、今度は外国の渡航を希望する。2回40日の欧州旅行に出て、進化した作品を残した。
人並みはずれた記憶力と集中力で、帰国後1年経っても景色を再現できる能力、拡大鏡のような眼、多くの中間色を組み合わせる色彩感覚、、、天才以上の人物、唯一無二だ。
7月31日月曜日 19時30分から約30分間、二万発の花火が踊り、夢の時間が過ぎた。約二ヶ月前に協賛席のチケットを入手し、待ちどおしい日々を過ごした。
雨天の場合、順延はなく中止となるが、今まで幸運にもそのような事態はなかった。今日の未明前3時ごろ、珍しいゲリラ豪雨と連続の雷が轟いた。昨夜の花火大会の天候に感謝した。
4月9日日曜日の午後、最終日に上野の東京都美術館で開催中のエゴン・シーレ展を訪ねた。
ネットで時間指定の予約でも、多くの訪問者で混雑しており、ギフトショップの会計も1時間以上は待たされそうだった。ポストカードはあきらめた。
偶然にも4月9日は、キリスト教ではイエスキリストが死より3日目によみがえったことを祝うイースターサンデー。
エゴン・シーレも28年の生涯で、神に問い、己の体と魂、生死を深く見つめた作品が数多く残されている。会場の「カルヴァリオの道」に目が止まった。イエスが十字架につけられたゴルゴダの丘、3本の十字架が見える。
28歳でスペイン風邪で若く世を去った画家。
彼の残した詩集の言葉をここに記しておきたい。
『至高の感性は宗教と芸術である。
自然は目的である。
しかし、そこには神が存在し、
そしてぼくは神を強く、
とても強く、もっとも強く感じる。
(エゴン・シーレ、詩「芸術家」より、1910年)
※会場では風景画コーナーのみ撮影可だった。
春爛漫。
新しい門出を迎え、未来を見つめる人もいれば、過去が蘇って懐かしむ人もいる。
先日、ペルー産アルパカのベストを購入した。
民族の伝統的なデザインが可愛くモダンになっている。旅先でも家の中で背中が寒い時でも重宝しそうだ。
このベストがきっかけに18年前に他界した父のこと、その人生のことを想い出した。
父も晩年家でアルパカのグレーのベストを着ていた。母がプレゼントしたもので、本人なら選ばない可愛い系だったが、家で何年も愛用していた。
気がつけば、私は父が去った年齢79歳に近くなってきた。
アルパカのベストを着て、父が使っていたオットマンの足台に足を乗せ、テレビを観ている。傍らの父の遺品のサイドテーブルに数冊の本を積み、くつろいでいる。
晩年は外出の時、いつも真っ白な運動靴を履いていた。私も白いスニーカーを履いて散策する。
まさか私が父の日常の姿と同じになるとは。
家の中でひとり笑った。