前期展示を観て、2月26日に再びはっきりした明治の色彩、粋な錦絵を観たくなった。
以下は特に好きな錦絵7点を選んでみた。

豊原国周




版元:蔦屋重三郎


これまで体験したこと、今の生活を、ちさと姿の見えないタモツさんが語った言葉をつづります。
前期展示を観て、2月26日に再びはっきりした明治の色彩、粋な錦絵を観たくなった。
以下は特に好きな錦絵7点を選んでみた。
3月1日土曜日、何かに急かされるように夜の部に予約、3時間を越える映画を鑑賞した。充実した時間を与えられ、余韻の残る作品に出会えた。
3月3日月曜日の午前中、NHKテレビでアカデミー賞受賞式のライヴ放送をしていた。そこで3部門をブルータリストが獲得した。主演男優賞のエンドリアン・ブロディのスピーチも偶然聴くことができた。彼は戦争と平和について言及し、「皆が笑顔で居られるように」と祈りのようにスピーチを締めくくった。
3月1日の夜のニュースから、アメリカ大統領官邸で行われた、ゼレンスキー大統領、トランプ大統領とバンス副大統領が世界中を仰天させた、討論場面が繰り返し報道された。富める者が弱い立場の者を問答無用に近いかたちで、討論を繰り広げた。アメリカのリーダー等は感謝の言葉を言えと、繰り返し要求していた。映画の中の富豪名士のハリソンとブタペストから移民して来たユダヤ人建築家のラースローが思い出された。
ラースローが自分の報酬まで投げ出して、必死に守った高い天井と細い複数の小部屋。彼が過ごした強制収容所と同じ面積だった。4つの塔はその地の火葬場を想起させる目的だ。
彼が建てた未完成のペンシルベニア州のコミュニティセンタは、虐殺されたユダヤ人の魂を慰さめるメモリアル建築でもあるのだろう。
そして同時に強制収容所の苦しみの部屋で過ごし、国のリーダーに自分の芸術を否定されたラースローにとって、空から注がれる十字の光は彼の堅い信仰の表現だと受け取った。
2月21日、二重橋近くの明治生命館1階の美術館を訪ねた。
岩崎彌之助、秘蔵の歌舞伎を描く生誕190年の豊原国周と歌川国貞の浮世絵129点。
今回、個人的な重要ワードは、「五代目尾上菊五郎」だ。
五代目尾上菊五郎は以前サントリー美術館でも出会った。
魅力的な長い顔立ちで大首絵ですぐにわかる個性。
検索中に菊五郎の死絵がヒットした。菩提寺、戒名も記されている。
2月12日水曜日、東京駅丸の内北口改札を出てすぐ2階にあるギャラリーを訪ねた。アップリケの大家、期待通りの楽しい作品が多数並んでおり見応えがあった。
スケッチブックや「はりえ日記」も展示されている。墨の細字で書かれている、その書体はいつまでも眺めていたい芸術的で美しい文字だった。
生誕120年、1905年から1995年の90年、植物、野菜、魚などの食物を存分に細かく観察し、みな違う形に気づいて感動した様子が、見る側にも新鮮に映った。
「神が創造したものは一つとして同じものはありません」
豊田市美術館で製作された美濃焼マグネットを記念に購入した。同美術館には夫である洋画家の宮脇晴の作品と同様、多くの作品が寄贈されているそうだ。
注:会場は撮影禁止。写真は印刷物、ギフトから引用。
大自然に羽ばたく鳥たち。
神様の造形物、落ち着いたトーン、
あでやかな色彩が会場を埋め尽し、
圧倒された。
2月6日、「インストレーション」というジャンルの現代アート展を訪ねた。
鉄の素材を駆使する彫刻家の青木野枝さんとベネチアと京都のニ拠点で活動を続けるガラス作家の三嶋りつ惠さんの二人展覧会だ。
光の場 Hall of light, 2019
電子機器の設置で良く使われる「インストール」の名詞形が「インストレーション」。
旧朝香邸内にインストール(設置)された重量感のある大型作品を同じ空間の中で体験した。
12月28日、今年もあと3日を残す時を迎えた。
テレビでは今年の出来事ばかりでなく、昭和から振り返ってコメントする企画も多い。昭和歌謡もまたブームの兆しで、昔華やかな時代の歌手の映像もよく流れている。生きている間にこんなに多くの事件、出来事が起きていたと驚く。
齢70数年、振り返るとあっという間、走馬燈の様に流れた、故人達は言っていたが、それをいま実感する。
今日夕方の空はアートだった。今年一年を表していると感じ、直ぐにシャッターを押した。
豪州からの哲学者の英語教師が先日こう述べていた。
短い言葉で良く表現されていたので、心に留めた。
Mother Nature stands above human chaos.
(母なる自然が人間世界の混沌の上に存在している)
今年1月、眼の不調から50年以上使用していたコンタクトレンズをやめた。常時3本の眼鏡を使い分けている。
白内障も気になり、同年代の友人、知り合いも、手術経験者が多くなってきた。医者は80歳以上はほぼ全員白内障になりますよ、という。10月、横浜市の健診の機会に、眼の状態を調べてもらった。すると意外にも「白内障と軽度の緑内障」と診断され、それぞれの治療点眼液2種類を処方された。
眼圧を下げるためのラタチモという目薬、寝る前に一滴づつ使うのだが、滲みるし、毎回充血する。1ヶ月後、担当医に伝えると、「これがいちばんバランスよく配合されているから、続けて下さい」との返事。
不信感を持った私は、別の眼医者を探し、セカンドオピニオンを求めた。すると検査の結果、「白内障はないので目薬は不要、緑内障の目薬は他にもいくつかあるので、アイベータに変えて様子を見ましょう」、という診断だった。この点眼液を1ヶ月使用して滲みないし、充血の副作用もなかった。
前回の目薬には気分が憂鬱になったが、今使用している目薬とは相性が良い。
医者の治療方法、診断に疑問を持ったら、詳しく説明してくれる医者、患者に寄り添ってくれる医者を見つけることが非常に大切だと実体験した一件だった。
サントリー美術館の英一蝶の没後300年を記念した展覧会を訪れた。京都出身の一蝶、藩医の父の赴任先の江戸に移った。
江戸の文化、風俗を描き、自ら吉原で幇間として人々を笑わす盛り上げ役もした。かたや狩野派に習い、芭蕉の弟子でもあり、美声の持ち主で小唄も歌う。何と魅力的な人であるか。
町人の分際で釣りを楽しんだということで「釣りの罪」で三宅島に島流しになった。島でも人気画家で注文を多く受け、家持ち流人、結婚もして父親になる。徳川綱吉の逝去で大赦があり、晴れて江戸に戻った。
1724年2月7日、73歳で世を去ったときの辞世の句は
ーーまぎらはず浮世の業の色どりも
有りとや月の薄墨の空ーー
英一蝶は港区の日蓮宗の承教寺に眠る。ここには晩年の作、「釈迦如来像」が奉納されている。
山あり谷ありの人生を謳歌し、晩年は熱心な仏教徒として活動していたと想像できる。今度、機会をつくって彼の菩提寺を訪ねてみよう。
10月末から11月始めにかけて、世界状況、国内状況の大きな変化、従来の四季感覚の変化、個人的にも変化が多い。
新しいところでは、トランプさんの4年振りの米大統領の再選で来年1月20日に就任される。多くの批判、悪行もある中、石破さんが初の電話会談の感想を述べていた。フレンドリーでつくろわない、わかりやすい。
私が昔から関心のあるS氏がその講演会の中で述べていた、「トランプは基本、平和主義で戦争を好まない」
大胆な見方だ。一般市民としては希望をもって祈るしかない。
アメリカのワールドチャンピオンシップゲームは、途中に幾たびの変化、予想外な出来事があった。国民は日本代表的存在の大谷翔平選手から多くの刺激と良きものを受け取った。
個人的には夏に断捨離を続けたマンション、私の城。10月にバタバタと新しい所有者が決まり、個人的には一時代が終わった気がする。
季節も夏日が多かった10月、ここにきて一気に冬支度。セーターや冬布団、暖房器具を用意した。
しかし立ち止まって秋も味わいたい。秋色の甘い果物を食卓に飾って眺めている。