2025年、年の瀬に心踊ったこと

今年もあと何日とテレビで毎日カウントダウンしている。
実感がないまま季節のイベント、雑事を行なっている。

実家の柚子の木から収穫

実家は賃貸に出しているが、庭の柚子が気になって、収穫させてもらった。
柚子の木は裏年表年があり、収穫高にばらつきがあるらしい。実家の柚子には80個ほどの実があった。姉はジャム作りに使い、私は柚子茶を味わった。柚子1個を絞り、蜂蜜とお湯を混ぜるだけだがとても美味しい。

従妹のクリスマス刺繍作品

ひとり暮らしでもクリスマスの飾りは11月に行う。
天国の従妹の遺品の刺繍作品から、お菓子でできた家のクリスマスヴァージョンとLEDライトのツリー、お菓子を飾った。

新しいTV、4Kの画面で新鮮、フィンランドのトナカイ

テレビが見づらくなり、50インチの有機ELテレビに買い替えた。画質も音質も改善され、海外の映像を画面からカメラに納めることもあり、世界が広がった。

フレンチ前菜、盛り付け Nice!

クリスマスコンサートとフレンチコースのディナーは久しぶり。前菜の盛り付け方もデザート風で新しく、カップの雲丹のクリームも初めての味体験だ。

自作のハンギング・バスケット

単発のハンギングフラワーバスケット作りを体験した。
春まで持つそうだ。工作のような作業もあり、指先の力の衰えを実感。

こうして振り返ると、来年の心得が見えてきた。認知症は記憶力の衰えばかりではないらしい。様々の味覚を体験し、新しい技術を少しずつ取り入れ、指先を鍛えるのが好ましい。

天空都市「マチュピチュ展」

12月3日、ユニークな古代の宝物との出会いを楽しみに六本木に向かった。

 

トルコ石の細かい細工、金彫刻

六本木ヒルズの52階ではるばるペルーのリマにあるラルコ博物館から来た130点の古代アンデス文明の考古物が展示されている。

高貴な人物と2頭の大蛇の瓶
階段のモチーフは高いステージへの望み

モチェ文化、インカ帝国と日本では時代がとらえにくい。時系列の展示ではなかったので、時代を追わずに出土品そのものを芸術品として楽しんだ。

文字をもたない文明から伝わるアイ・アパエクの英雄伝説や、自然崇拝の信仰ゆえの奇習など、当時の生活や人々を想像しながら2時間余りが流れた。

石破総理の辞職会見に力が抜けた

9月7日日曜日午後6時、石破さんは無念の思いで辞職を突然国民に伝えた。

理由として、8日月曜日の自民党員の全国選挙で、名前明記をすることなどで考えられる内部の分裂を避けたい、と言う。

皆既月食、2:50am

その日の夜中、2時過ぎに目が覚め、皆既月食が観察できることを思い出した。それから30分くらいシャッターを切りつつ、望遠鏡を覗いた。地球の影が少しづつ月面にかかるのが良く見えた。

知人のスマホ撮影、同刻頃

石破さんには自民党が今も分裂している党内がさらに分裂しても最後まで頑張ってほしかった。政治空白は石破さんは作っていない、対外国・対米の一年間の石破さんは外交努力を続けた。今回の動きは日本の政局の不安定さを再び印象づけ、間接的な経済効果にも好ましくない影響大に違いない。

足元しか見ない今の自民党内部の抵抗勢力。応援する国民の希望が急速にしぼんだ。

東京国立近代美術館ー戦争画の企画展を訪ねた

9月4日木曜日、やっと酷暑が和らぎ、曇り空になった。竹橋の近代美術館の企画展にて藤田嗣治の戦争中に描いた大作5点を鑑賞する。想像はしていたが、あまりの画力に魂が揺さぶられた。

ノモンハンの戦闘、1941

日本軍とソ連軍が衝突したノモンハン事件。4メートルを超えるキャンパスに部下の鎮魂を願う予備役中将の依頼に藤田は答えた。名作として知られている。

シンガポール最後の日 (部分) 1942

シンガポール、ブキ・テマ高原の占領を描いた。陥落直前の市街地から煙が立ち上がる。画面左上から陽光が市街地を明るく照らしている。

Soldiers Rescuing Indonesian Civilians, 1944

オランダ人邸宅に日本兵が踏み込む瞬間を描いた。
テーブルの下に猫が隠れている。

テーブルの下の猫 (拡大図)
サイパン島同胞臣節を全う 1945

サイパン島で多くの住民はマッピ岬へ追い詰められ、バンザイと叫びながら、海に身を投げた。今はバンザイクリフと呼ばれる。多くの犠牲者は沖縄県出身の移民。藤田はこの集団自決をヨーロッパの宗教画のごとく描いた。

藤田嗣治の戦争画の大作は東京国立近代美術館に無期限貸与されている。企画展は10月26日で終了するが、その後も常設展で見ることができる。

戦後80年、節目の終戦記念日

今年の8月は例年より多く、当時の生き延びた証言者のリアルな体験談、記録の品々が公開されている気がする。NHKや民間テレビ局もドキュメンタリーを新しく制作更新し、反省や今まで目立たなかった当時の政策への反発の論調も全面に強く感じる。

知覧平和記念館の玄関、2023年1月
零戦闘機の形に刈り込まれた松

2023年の1月、鹿児島の知覧平和記念館を訪れる機会があった。まだ10代の特攻員たち、墨で書かれた目の醒めるような美しい書体、文面……。

純粋な想いの手紙が数多く展示されている。なんと多くの大切な可能性を持つ青年たちが消えていったことか。彼らの遺書、最後の手紙やはがきから訴えるものは、今思い出しても強力だった。

ことしの報道では、当時の大本営は若き選ばれた優秀な特攻隊員の気持ちまでも利用して、広く国民に戦意高揚を演出したことを堂々と解説していた。

多くの犠牲者のおかげで、不戦80年の今日の日本に感謝感激するのみだ。

将来、日本が巻き込まれそうな戦争の火種は、官民協力して全力で消そう。

藤田嗣治:絵画と写真 @東京ステーションギャラリー

7月18日金曜日、酷暑の梅雨がやっと明けてくれた。
東京駅隣接の美術館、炎天下を避けてアクセスできるのがありがたい。

今回の展覧会でレオナール・藤田の生涯を辿ることができた。1886年から1968年、81年間、波乱の人生を生き抜いた。今もそのファッションがやセンスが新鮮な芸術家、国際人であることがよくわかった。

2011年、生前の多くの日記写真などの6000点の資料は、家族から寄贈され、今も母校芸大で研究されている。もっと多くの作品に触れたい。

自画像 1929 東京国立近代美術館

愛猫のキジトラ、硯と面相筆、日本を感じさせるアトリエの様子。深いグリーン色のシャツの着こなしにも注目した。

猫を抱く少女 1949 、個人蔵
マドンナ 1963 、 ランス美術館

1959年、藤田は妻の堀内君代とランス大聖堂でカトリックの洗礼を受けた。君代は藤田の没後、広報にて作品を広め98歳まで生きた。
夫婦の遺骨はランスの藤田が設計したフジタ礼拝堂に埋葬されている。

フルール河岸、ノートルダム 1963

※ ノートルダム大聖堂の塔が作品左上に見える。

紫陽花見事:6月14日 @ YEG

前回の横浜イングリッシュガーデンの紫陽花フェスティバルから2週間。
もっと咲きそろい、色も変化しているにちがいない。
6月14日土曜日、再び小雨がぱらつく中、姉と来園。

6/14/2025
6/14/2025
6/15/2025
6/14/2025
6/14/2025
6/15/2025

説明する必要もない。只々美しく咲き誇っていた。

ミロ展:東京都美術館

「カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち」
  1940、水彩、グアッシュ

6月4日平日曇り、この日は上野の森の都美術館を姉と姪三人でブラブラ美術鑑賞。

はじめに最終日の「手工芸作品展」の会場を訪ねた。見ごたえがある細かい作業を要する作品群でびっくりの連続だった。

よみうり文化賞入選
「朝の散歩」 田澤恵子

シャドウボックスという飛び出す絵本のようなカテゴリー。部分的に立体スリーデイになっている。

いちばんの印象に残った作品が「朝の散歩」。水道蛇口から流れる水も立体になっていた。

 

giant hornbillに餌を与えるミロ、ロンドン動物園

ミロはスペインのバルセロナ出身。1893〜1983、90歳で他界した。子供の頃、農場で遊んだ生き物たちの記憶が作品に影響している。後にパリに住み、シュルレアリストのグループと交流を持つ。

太陽の前の人物、1968

1968年、「太陽の前の人物」
ミロの造形言語の集大成のひとつ。日本の禅僧仙厓が丸、三角、四角で宇宙を表現した作品とも関連がある。黒色だけ使った日本の書道にも影響された作品もあった。

逃避する少女 1967
バルセロナ庭園

上の作品は会場で販売の子供向け絵本「Miro’s
magic animals」に掲載されていた。

足の大きな農場の女は、しっかりと大地に足を着き、空高くジャンプできそうだ。猫は暖かいストーブのそばがお気に入りで動かないのだろう。

「恋人たちに未知の世界を明かす美しい鳥」 1941

今回ネット検索で懐かしいミロの作品と再会した。
以前住んでいたマンションに飾っていた上のミロの作品。

幼かった姪が「ライオンさんのお化け、見たい」と気に入っていた。30年以上前のことを思い出した。

色とりどりのアジサイの季節

YEG通信のアジサイフェスティバルの記事を見た。

「色の変化が楽しめるアジサイ、何度でも足を運んで季節の移り変わりを感じて下さい」

このメッセージに誘われて、日曜日の夕方、一回目の開花状況を見に行った。

6/1/2025
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6/1/2025
6/1/2025
6/1/202

俳句遊び

最近議論する機会が何回かあり、論客は話が長かった。
そのストレスからか、短い五七五の自由律俳句の創作を思い立った。第一句目がその時の句だ。俳句は全くの初心者だが、自己流なのが楽しい。

① 彼を立て 風向き変わる たのしさよ

②   ジローラモ 米を刈り入れ 楽しむ日本

③   上野にて 風に吹かれて リセットし

④   振り返り ほどほどの道 このうえなし

⑤   いわないよ 別れのことば ありがとう

四番目、五番目の句は、今週母の七回忌を迎え、当人を代弁して詠んでみた。

5/25/2022 H.Tanaka

第三番目の句は知り合いの画家の展覧会鑑賞後、この句をメールで送ったら、思いがけず返信に俳句があった。

ー 上野にて なつかしき友 青葉映ゆ

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