子供の頃の憧れや疑問、覚えていますか?

子供の頃から今に至るまで、心にある憧れや疑問はありますか?

ー 太郎さんは、家族が一つにまとまって楽しい生活を送ること。

ー 次郎さんは、仮想と現実を合わせて、こうなればいいな、と夢と妄想を描い
て、その中で生きてきた。

ー 花子さんは、小さい頃から自分の居る場所がないような、周りから浮いてい
るように感じていた。私は誰?という問いがずっと続いている。

人は誰でも裸で生まれて、身一つで出て行く。家、建物、現金、家族でさえこの世での一時的な財産だ。底をついてしまう。しかし小さい時から長く続いている思い、疑問は、「三つ子の魂、百まで」とも言われるように、死ぬまで続く財産で、それは底をつくことがない。

人に与えられているこの長く続く幼い時の憧れや疑問は、その人の生きる糧であり宝だ。そこからいろんなものが発生し、経験できる。人は他の人を見る時、顔立ち、服やその人の住まい、職業など目に見えるものを見る。

神様は裸の人間とその心の財産を見られる。人も神様と同じ目で周りの人々を見ることができる。そしてその人の人生が少し変わってくる。

自分を囲むインテリア、部屋

部屋はその人の心の状態を表している、とよく言われる。

部屋の中でいろんなことが起こる。外で起こることとはまた違った空間である。野外には空間がないが、部屋は仕切られているので、人工的な空間、小さな世界が作られる。境界線があるからそこは自分の世界だ。部屋の中で物語が起こる。人は囲いの中で生きているので、人間模様は部屋の中で起こる。いったんそこから飛び出せば、外の空気に触れ、人間模様は目に触れなくなる。人間は必ず囲いに戻るので、野生の人でない限り、また自分の世界に入らざるを得ない。部屋は大切だ。

部屋は物で出来ているが、空間も存在し、部屋が自分の体を包んでいるようだ。だからインテリア作りは人に重要な影響を与える。ストレスを軽減するためには、何をしたらいいか? いろんな提案がなされている。個人的にも集団でも社会単位でも、ストレスを減らすには環境美化、つまりインテリアの美化が有効である。

美しく生活するは、環境美化にも目を向け、体を清潔にするのと同様に部屋を清潔に保つことである。そして衣類で装うように、色の配色を考えて部屋を飾る。動きがスムーズになるように家具を配置する。物は自分から声をかけてコミュニケーションを取らないが、そこにあるだけで影響を与える。空気の流れも変え、色彩は光の波長の違いなので、目に入る影響もある。

本棚の書物も多大な影響を与えるものだ。たとえ読まなくても良書があると、それだけで良い影響を与える。本屋や図書館を訪ね、違った分野の棚の前に立てば、納得できるかもしれない。本の質は読んでも読まなくても部屋にあると影響を与える。良書には長い歴史を経て残ってきたものが多くある。悪書は廃れていく。

現代はコンピュータが置いてある部屋が多いだろう。パソコンは道具であり、電子社会の窓口である。たとえば電子本は書物と違って、置いてあるだけで良い影響を与えるとは言えない。本のストーリーを追ったり、調べたりと便利だが、電気がなければ消えてしまう運命にある。目の中に入る入り方も違う。有名人の手紙は文化的価値を見い出され、研究の対象にもなる。一方有名人のメールが後世、博物館に展示されることはないだろうと思われる。

インターネットの便利さと人間の不便さ

インターネットの世界で巨大ネットワークが急激に成長している。世界中の人が自らの意思で自分の個人情報や知識を載せ、作品や写真、音楽などを載せている。企業はプライバシーを大事にしている一方で、個人は実名でパブリサイズしている現象だ。

人は自分の居場所を選ぶことができる。今は多くの若者はパソコン、スマホの前が自分の居場所になっている。そこでの人間関係は多くの人を相手にしている。様々な意見を得ることができる。

パソコン、スマホとは関係なく生きている人もたくさんいる。その人たちの人間関係は少数の人々との接触だ。その特徴は長く、深く、簡単に切ることができない関係だ。

インターネットの中では、自分の欲しい情報を集め、意見を聞き、交流し、交際関係は簡単に広げることができる。そして同様に簡単に切ることができる。いちばんの方法は電源を切ればそれまで。簡単な人間関係だ。パソコン、スマホで知性や理性も磨き、広げることができる。有名人のブログ、インスタグラムで、素晴らしい人たちを身近に感じることもできる。世の中の進歩は便利に向かっている。

あえて不便の道を行く人はほとんどいない。人間は努力し、進歩していくが、人の一生は不便そのものだ。これはどうすることもできない。生き物は不便そのものだから。その不便さゆえ、良い人間関係を作ることができる。人間の持つ不便さを体験する余地も頭に入れておきたい。

感動する、五感を使って感動する人間関係は、便利で不便なパソコンやスマホ本体の外にある。あえて面倒な人間関係に挑戦し、その中に身を置くのも脳の発達には優れたやり方だ。喜怒哀楽、煩悩を出すことによって人間は成長する。ネットからの知識、情報で、人間の成長はできない。ある日、突然ネットが使えなくなっても、楽しく、他人と時間を過ごせるように、自分をトレーニングしておくことが大事だ。

ネットに支配されるのではなく、自分で便利さと不便さのバランスを決めることは決して時間の無駄とはならない。

神様とお金

神様とお金を結びつけたのは人間である。

神様は人間のいちばん大事なものを捧げさせたいと願われた。お金は人間が作ったもので昔から多くの人間にとっていちばん大事な存在であった。そしてお金のことは口に出さないで、心の中でああだ、こうだと考えるのが人間だ。神様はお金のことで頭を悩まさない。神様にとってお金は必要でない。山を作るのにも、谷を作るのにも、病気を治すのにも、お金はいらない。神様はお金そのものではなく、お金がいちばん大事なのにも関わらず、それを差し出す人々の行為と好意を受けられる。

しかし宗教法人が何らかの事業を計画する場合、相当額の資金集めが必要になることがある。そのような時、「献金すれば不思議とその金額と同じだけ戻ってくる」と具体例を交えながら説明する関係者がおられる。そういったことも起こり得るが、この前提は正しくない。神様にしても、あの人は百万円奉納した、この人は十万円、この人は一万円と区別して覚えておくのは大変だ。献金はなかったものとして捧げる、これが正しい姿勢だ。

厳密にいえば人間の持ち物は全て神様から借りているものばかりだ。ご奉納、献金、寄付金などはその一部をお返しするのだから、当たり前といえば当たり前の行為である。神様は借り物でない、人間自身の持ち物から何かを贈られれば一層喜ばれるだろう。

それでは、お金も衣服も食べ物も土地も家族も全て借り物であるならば、自分の持ち物とは何か? それは心であり、エネルギーであり、時間だ。これらは人間の持ち物だ。これらを神様に注ぐ人々は神様の目の中に入れても痛くない存在だろう。

具体的には自分に何がやれるのか? それは自分で気がついたことを行えばよいのだと思う。強制されずに自発的に行うことだ。他人から言われて行うのと、言われないで行うのと、同じ行為や結果でも雲泥の差であるのは、多くの人が感じるところだろう。求められないでも行うことが、行う方も受ける方も格段の喜びとなる。

「地獄の沙汰も金次第」といった表現もまかり通るこの世である。お金によって踊らされている人々も現実には多いだろう。踊らされているうちは動いているが、動けなくなった時、人間を動かしてくれるものはお金ではない。その時は目に見えないものがいちばんの助けとなる。

他人のお金も大事

お金の話は多くの人が様々な角度、立場から語るテーマである。そこで共通していることはお金に価値をおいているということである。ただの紙切れならば、お金の話は発展しない。全員が価値を認め、価値を与えていることでたくさんの話が出てくる。

お金は人間が作り出したものの中で最もシンプルにして複雑なものである。製造は安定しているし、コストに対して価値は大きい。お金は人々の必要なものと不必要なものの象徴である。命はお金で買えないが、お金で命を失う人は多い。

お金と権力はセットになって、人々の目指すものとされている。舞台は一つの家庭の中において、または会社、国家の中で起こる。お金の量は多くても、少なくても不都合だ。片寄りがあることで人間模様が生まれてくる。お金の心配をしなくてよい世界は不可能なのだろうか?

自然界はお金なしで営まれている。人は今まで自然界に学び、歴史を作ってきた。科学万能、IT時代になっても自然界からのデザインや構造、知恵を模してものを作ることも多い。コンピュータも人間の脳からの発想で、電脳である。人の体は自然界に属する。しかし、人工のお金に支配され過ぎている社会になってしまった。言い換えると、主役がお金で、人々は奴隷ではないが気づかずに全ての人生を振り回されている。

お金の話は難しい。厄介なお金を変質させて、体に健康的な見えない栄養にしていくしかない。体にとって良いお金としていくしかない。お金の取り扱い方をよく知ることで、最初に作った人間が主役にならなければならない。

自分たちが作ったお金は、大事に取り扱うことだ。人のものを大事にする。人々は同じお金なのに他人のお金は粗末に扱い、自分のお金は大事にする。自然環境と同じで、お金はどこにでも存在するが、環境を大切にするのと同じように他人のお金の取り扱いにも注意をすることだ。投資家やお金を管理する役人は特に心せねばならない。

他人のものや心を大事にしている人は多い。同様に、他人のお金を大事に思って生きていくと、経済はもっと安定することに間違いない

退職と第二の人生

退職前と退職後の生活はガラリと変わる。人間は誰でも、男でも女でも、子供でも大人でも、急激な変化に対応するのは難しい。少しずつ、だんだんと慣れるものである。退職後の現実は昨日と今日の生活リズムは変わるし、環境も変わる、精神の安定度も変わる。前もって心の準備をしていても、準備と現実は違う。準備と予想は同時にできるが、現実と全て同じにはならない。

しかし定年前の準備は大事である。変化を少しでも目の前の現実と同化していく方向に近づける方が、精神と体の安定に役立つからである。定年退職または引退は一般には一生に一度だけである。大きな変化だ。環境、経済のサイクル、人間関係が激変し、自由な時間が渡される。社会人としての責任とは違うが、自由な分、全責任を負うことになる。退職前に得た自由とは異なる自由だ。

退職後の生活を楽しいものにするには工夫が必要だ。実際に自由な時間を手に入れて、やりたいと思ったことを始めても、初めは楽しくても、だんだん楽しい気持ちがしぼむことがある。退職後は第二の人生だが、第三の人生はないので後半の人生となる。

後半にすべきこともある。それはこの世をさるための準備だ。前半の人生では、退職後の後半に備え準備する。後半ではただ勝手気ままに過ごすのではなく、この世を去るための準備をしつつ、自由に楽しく生きることだ。他人まかせにはできない準備である。

ある人はここまで来たからと今までの我慢の部分を放棄して、偏屈になったり、自分磨きを怠り、他人の気持ちに敏感でなくなったりする。暴走老人と呼ばれてしまうこともある。あとは楽しく生きるだけと、残される人々の問題に関心が薄くなる。誰にも監視されず、評価されない状態で、自分のレベルを上げる努力を続けることはなかなか出来ないことである。後半の人生でこの部分を軽んじると、第二の人生は楽しくならない。

職業についている間は、意外に心の成長は遅く、同じ悩みをぐるぐると巡らせているものだ。心の成長は世間のしがらみから解放された退職後に大きく飛躍させるチャンスだ。もう終わりに近づいている、と考えるのではなく、これからやっと成長期に入るという気構えで毎日生きる。そうすると第二の人生が終わる頃、自分がその成長に救われるだろう。

不況と好景気

不況と好景気は対の言葉である。経済学者が不況、好景気を決めるのが一般的である。しかしこれだけ人口が多いと、実は不況の時に好景気を感じている人もいれば、好景気の時に不況を感じている人もいる。

数値で全体をひとくくりにするので、不況感や好景気感が作られる。両者はいつも共存して押し合いへし合いをしている。丸いボール状の容器に水と油が動いて押し合っているようなものである。全体量はちょうどよく収まっており、割合も変わらないのにどこに油が流れるか。どんな形で流れるか。

容器を振るとドレッシングのように油は細かく分散する。容器を振るには大きな力がいる。例えば天変地異が起これば、人々ははじめから自給自足をしなければならないので、不況も好景気もない。ドレッシング状態である。しかし、これは望まれないだろう。今まで構築したシステムが崩れるのは無駄である。

外側からではなく中からの振動が穏やかなやり方だ。中心から分離するやり方とは? 世界中央銀行はどうだろうか? 場所に応じて平均的経費を設定し、余った富は義務的に中央銀行に預けること、平均的経費が足りないところは無料で借り入れができること。中央銀行の首脳陣は平等に各国からの代表からなり、決定権も均一であること。経費以外の大型ボーナスも定期的に支給すること。たとえばの話であるが、一つのアイデアである。

個人レベルの話に持っていこう。不況と好景気、どちらを選ぶかとすれば、好景気を選ぶ人が多いと思う。しかし、不況の良い点もたくさんある。不況になると、ものを大事にする、助け合いの精神が強くなる。頭を使って生活をするので脳トレーニングになる。お金をかけずに、まわりの価値あるものを楽しむ術がつく。好景気の悪い点は、まずこれらの逆が考えられる。ものを大事にしない。人間関係にお金が多く割り込んでくる。脳を使わずに、お金を使う単純な生活になりがち。

不況の時の理想は、現実の生活では不況、しかし、気持ちは好景気が良いだろう。好景気の時は、現実の生活は景気が良くても、気持ちは不況の時の考えを維持することだ。どちらも忘れてはならない。生きている間、どちらも経験することだからだ。

友だちを持つ大事さ

友だちは何と言っても自分が感じた言葉を聞いてくれます。聞いてくれる存在が友だちです。

そのためには、語る言葉を持ちましょう。自分の気持ちを表現する言葉を蓄えましょう。そして必要な時に取り出せるようにしましょう。

そのためには言葉を選びましょう。自分の発する言葉で相手がイヤな気分にならないか吟味しましょう。そして暗い言葉を出しそうな時、自分の中に少し残しておきましょう。

だから自分が友だちになりたい、友だちが欲しいと思ったら、簡単です。相手の言葉に耳を傾ければ、そこから友だちが始まります。子供の頃、5分もあれば友だちになれたこともあるでしょう。

その友だちの間柄を長く続けたいと願うなら、相手の自由を尊重することです。自分の期待通りにいかなくても、立ち止まって相手の立場をよくよく考えてみることです。

友だちのすべてがいいものを自分に与えるとは限りません。友だちに対して意外に嫉妬心を持ってしまうこともあります。嫉妬心については多くの人が悩みます。それに対してどう対処するか、どのようにプラスの解釈ができるか考えてみる。良い方向へ向けるにはどうするか、多くの人の課題です。

友だちが一人だけの人は相手との絆が太いので、負担にならないように気をつけましょう。失った時のショックも大きくなります。

友だちが全くいない人は、人間以外のものと対話するようにして下さい。なぜ対話するのか? それは楽しいからです。繋がりを感じるからです。環境的にまわりに友だちがいない人は、植物、昆虫、動物、木々、目に見えない神仏に対して会話をして下さい。

人間がいない場合でも、命を感じるものと対話することは楽しいことです。

紅葉の名所、香嵐渓を訪ねた

11月10日、静岡駅からバスで香嵐渓を訪ねた。予想通り紅葉狩りには少し早かったが、暖かい気候の中、色づき始めた森や美しい巴川や待月橋(たいげつきょう)を歩いた。

待月橋

巴川の中の石が立派で、水は澄んでいる。愛知県三河線豊田市駅より車で45分、こんなに美しい川と森があるとは。バスのグループツアーで訪れたので、散策時間は2時間だ。まずは赤い待月橋を渡り、右側の川沿いの道を進むとお茶席やカフェ、そして香嵐渓広場に出る。昔ながらの猿回しの演技に人だかり。

掲示されていた貼り紙
昭和のかおりがした

静かな場所を求めて三州足助(さんしゅうあすけ)屋敷に入った。ここは入場料300円で、きれいに整備され気持ちの良い古民家が10棟ほどある。それぞれ、地元の人たちが地場産業を実演している。わら細工、機織り(はたおり)、傘屋、桶屋、紺屋、紙すき、篭屋、炭焼き、鍛冶屋、木地屋の仕事振りを見せてくれる。楽しい場所で1時間はすぐに過ぎた。中庭には牛もいた。

足助屋敷の中庭

歩き疲れたので炭焼きコーヒーの店堅香子(かたかご)カフェに入った。川沿いのテラスから川がよく見える。ほろ苦いコーヒーは美味しかった。お土産に地元の山そだち紅茶も販売していた。

カフェから眺める巴川

2時間はあっという間に過ぎた。交通は、名鉄名古屋本線東岡崎駅からバスで60分と奥まっているが、またいつか散策したい観光名所だった。

お伊勢参り

令和1年11月11日、1が5つ並ぶお日柄の良い一日に伊勢神宮お参りを果たせた。

天気は曇り、時々雷雨と予報されていた朝。

始めは二見興玉神社を参拝し、その後に伊勢神宮をお参りするという古からの慣わしに従って行動した。二見興玉神社は海岸線に沿って夫婦岩、天の岩屋などが祀られていた。まもなく晴れそうな曇り空のもと朝の散歩は、心地よく清々しい気分になった。

二見興玉神社の入り口
鳥居の中の夫婦岩

 

 

 

 

天の岩屋?の巨石が祀られていた

伊勢神宮の正式名称は神宮。125社をまとめた総称だ。はじめに外宮へ行きお参りをした。天照大神のお食事を司る神の豊受大神が祀られている。この神様はあらゆる産業の守り神でもあらせられる。外宮の火除橋は左側通行。内宮は天照大神をお祀りしている。入り口の宇治橋は右側通行。橋の向こうの結界に敬意を表して鳥居の前で一礼してから渡る。

内宮の鳥居

 

 

 

 

 

内宮の入り口宇治橋
左に桜も見える

 

 

 

 

 

この日は平日だが、団体客も多く賑っていた。

バスのグループの年配の紳士が、伊勢神宮をお参りできることだけでもすごいことなんですよ、と感想を述べられた。静かな空気と自然色の建物。華美なところは何もない、その場所に2000年の長きにわたって多くの人々は惹きつけられ、心の拠り所にしてきた。

正宮でお参りを済ませ、荒祭宮(あらまつりのみや)で個人的なお祈りをした。その帰り道、宇治橋の手前で静かな池を見つけた。誰一人いないのが不思議だったが、引き寄せられるように池の淵に近づいた。すると何匹かの錦鯉がやってきては離れて遊泳している。水面には晴れた空と真っ白い雲も映っている。秋の落ち葉、古いコケ類。時間が止まったような美しいときだった。後で観光用絵地図を見ても載ってないようなひっそりとした池だった。

錦鯉舞い、白い雲を映す
秋の美しい水面

翌日のニュースでは伊勢地方は雷雨が通り過ぎたり、雹が降ったりで、珍しい荒れた空模様だった。その合間をぬって、雨にも会わず、晴れた空のもと、お参りができたことも心に残った。

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