
湧き立つような白銀の大きな雲
真っ青な空とまぶしい陽光
ベンチに休むと、そよ風が語りかけるよう
目の前に多くのペット犬たちも行き交う
ドレスアップしたシルバーのトイプードル、
芸術的な色合いを持った秋田犬、
ゴム靴をはいた芝犬
木々に囲まれ、里に広がる完璧な「爽快の丘」
2023年 フェスタのテーマを実現していた



これまで体験したこと、今の生活を、ちさと姿の見えないタモツさんが語った言葉をつづります。

湧き立つような白銀の大きな雲
真っ青な空とまぶしい陽光
ベンチに休むと、そよ風が語りかけるよう
目の前に多くのペット犬たちも行き交う
ドレスアップしたシルバーのトイプードル、
芸術的な色合いを持った秋田犬、
ゴム靴をはいた芝犬
木々に囲まれ、里に広がる完璧な「爽快の丘」
2023年 フェスタのテーマを実現していた


4月9日日曜日の午後、最終日に上野の東京都美術館で開催中のエゴン・シーレ展を訪ねた。
ネットで時間指定の予約でも、多くの訪問者で混雑しており、ギフトショップの会計も1時間以上は待たされそうだった。ポストカードはあきらめた。

偶然にも4月9日は、キリスト教ではイエスキリストが死より3日目によみがえったことを祝うイースターサンデー。
エゴン・シーレも28年の生涯で、神に問い、己の体と魂、生死を深く見つめた作品が数多く残されている。会場の「カルヴァリオの道」に目が止まった。イエスが十字架につけられたゴルゴダの丘、3本の十字架が見える。

28歳でスペイン風邪で若く世を去った画家。
彼の残した詩集の言葉をここに記しておきたい。
『至高の感性は宗教と芸術である。
自然は目的である。
しかし、そこには神が存在し、
そしてぼくは神を強く、
とても強く、もっとも強く感じる。
(エゴン・シーレ、詩「芸術家」より、1910年)

※会場では風景画コーナーのみ撮影可だった。
春爛漫。
新しい門出を迎え、未来を見つめる人もいれば、過去が蘇って懐かしむ人もいる。
先日、ペルー産アルパカのベストを購入した。
民族の伝統的なデザインが可愛くモダンになっている。旅先でも家の中で背中が寒い時でも重宝しそうだ。

このベストがきっかけに18年前に他界した父のこと、その人生のことを想い出した。
父も晩年家でアルパカのグレーのベストを着ていた。母がプレゼントしたもので、本人なら選ばない可愛い系だったが、家で何年も愛用していた。
気がつけば、私は父が去った年齢79歳に近くなってきた。
アルパカのベストを着て、父が使っていたオットマンの足台に足を乗せ、テレビを観ている。傍らの父の遺品のサイドテーブルに数冊の本を積み、くつろいでいる。
晩年は外出の時、いつも真っ白な運動靴を履いていた。私も白いスニーカーを履いて散策する。
まさか私が父の日常の姿と同じになるとは。
家の中でひとり笑った。
3日目のスケジュールは分刻みだった。飛行機の出発時刻が5時のため、4時前には伊丹空港に到着して手続きを行う。高速道路は混んでいた。高野山では、奥之院と壇上伽藍がふたつの聖地がある。
一本に繋がった三本の杉の木、奥之院
それでも午前中の奥之院はゆっくりガイドの僧侶と回ることができた。「私たちは過去の人々の供養に訪れています。観光ではありません」見学の心構えを注意をした。
宗派に関係なく、いにしえの有名武将、最近の有名人芸能人、大企業の石碑、土中に埋まっていた無縁仏が眠る、黄泉の国の入り口だ。広大な墓所(はかわら)だ。過ぎ去った人たちを思い出すことで供養できる荘厳かつ神聖な雰囲気を感じる。

高野山自体は平坦地、周りの山々「八葉の峰」に囲まれ、蓮の花の中心になっている。
今年2023年は弘法大師空海の御生誕1250年にあたる記念の年。
壇上伽藍や徳川家霊台は、それぞれガイドの説明終了後、それぞれ15分くらいの自由時間。撮影時間はほとんどなかった。僧侶は「カメラより説明に集中して、正しいお詣りの仕方、知識を持ち帰ってください」と話す。

今回の旅は金剛峯寺の見学は含まれず、駆け足の旅だった。
次回はゆっくり高野山の街並みやお寺を散策してみたい。
次はバスで25分ほど乗車、紀伊勝浦駅または那智駅方面へ向かった。熊野古道の大門坂入り口で下車。

大門坂は杉並木と古い石段267段が続く那智山への参道だ。


まずは那智の滝前に行く。那智の滝自体が御神体の自然信仰であり、その滝の前で神主様による正式参拝があった。

ご祈祷のあとは各自自由な個人参拝。入場料を払い、左手の門から滝に近づくと、有料のお皿がある。柄杓で延命長寿のお瀧水をお皿に移し口にした。美味しかったのでさらに頂いた。再びバスで3分ほど移動して、那智山終点の駐車場に着く。

そこから熊野那智大社へ向かう467段の石段を上る。思ったより足運びは軽かった。マスクを外して清らかな山の空気を思い切り吸い込んだ。
境内の右手に那智山青岸渡寺の境内がつながっており、那智の滝や三重塔が眺められた。西国三十三所第一番札所のお寺とある。
2日目午後、本宮からバスで50分ほどのJR新宮駅に近い熊野速玉大社を訪ねた。

創建は景行天皇58年の御代と伝えられる。
●速玉宮(第二殿)に熊野速玉大神が祀られている。
熊野の父神であり、過去世の守護神。
●結霊宮(第一殿)に熊野夫須美大神が祀られている。
熊野の母神であり、現世の守護神。

御神木、梛(ナギ)の木は推定樹齢千年、平重盛によりお手植えされた。熊野詣でのお守りとして昔から大切にされてきた。昭和47年、沖縄の本土復帰の年、御神木の苗木が沖縄の地に植樹された。その後、各地の農林高校で発見されている。世界平和の祈りの石碑も建立された。

2日目は熊野三山の3個所を回り、階段の多い行程だ。
10時頃、最初の熊野本宮大社、大鳥居前に着いた。


15分程で神門に到着し、境内の本殿が現れた。
五体の建物のうち、三体の社殿は明治22年の大斎原(おおゆのはら)の大洪水で倒壊を免れ、この地に遷座された。

平安時代の末より「浄土の入り口」として京都から皇族・貴族が熊野詣でをするようになった熊野三社。
人々から「よみがえりの聖地」と呼ばれている。それを実感できるエネルギーを感じた土地だった。

一度はお詣りに訪れたかった世界遺産の高野山と熊野古道。
キャンセル待ちで3月14日から2泊3日のグループツアーに参加することで実現した。参加者は1台のバスに26名で2台になった。
出発の前日の13日からは、政府の決定により、コロナ予防対策のマスク着用が個人の自由となった日だ。旅先での制限も緩くなった。
出発時間は9時30分とゆっくりだった。1日目は、羽田空港から伊丹空港まで移動し、黒潮市場でランチ、その後も紀伊半島西側の景勝地の海岸に寄りながら、宿泊先ホテルに到着した。

白崎海洋公園、石灰岩


2日目の朝、国宝の犬山城に行くことを決めた。
名古屋駅から名鉄線の特急ミュースカイに乗車し、約25分で犬山駅に到着だ。駅からの道は碁盤の目のようでわかりやすく、ブラブラ歩いて10分もかからない所に城下町通りが続いていた。

通りは多くの若者が点在するファストフード店近くで集まり、休日を楽しんでいる。コロナ前の賑やかさが戻ってきているそうだ。私はうなぎの寝床の町屋、旧磯部家住宅を見学した。ランチタイムでは、守口大根の奈良漬専門店の精進料理を頂く。


犬山城は木曽川の近くに築城されており、急な4階まである狭く急な階段は十分に昇る価値があった。この階段は1580年代に建設され、現存する天守の中で最も古いそうだ。
天守閣の廊下をぐるりと一周して眺める景観は貴重だ。動画に全景を収めた。悠々と流れる薄いグリーン色の木曽川が美しい。昔、高山へ行った時の車窓からの木曽川のエメラルドグリーンの水を見て感激したことを思い出した。

2月22日、天皇誕生日の23日と1泊で、ブラリ名古屋の気になる名所を歩いた。
新幹線の名古屋駅に到着し、そのまま名鉄線に乗り換え神宮駅で下車。駅から数分の場所に約19万平方メートルの「熱田の杜」が広がっている。
現在の本宮は平成21年に造営され、尾張造から神明造に改められた。ご祭神の熱田大神は、三種の神器の一つ、草薙の神剣をご神体とする天照大御神だ。


本宮は撮影禁止の神聖な場所。お詣り時間を長く取るため、本宮を囲む散歩道を一周した。30分くらいだが、途中古い建物が点在して歴史を感じさせる。


神宮境内の「くさなぎ広場」でゆったりと名物のキシメンを頂いた。市民や参拝者のいこいの場所になっていることを実感した。