フェルメールと17世紀オランダ絵画展

東京都美術館にて2月10日から開催されているオランダ絵画展。久しぶりの上野駅。公園口の道路はすっきり整備され、駅舎は焦げ茶色の格子にカバーされて和風になった。

窓辺で手紙を読む女
画中画の天使を加筆(修復後)

今回フェルメール「窓辺で手紙を読む女」の修復された絵画が話題。今回の修復により、大きな天使像の画中画が現れ、輝度も以前より全体に明るくなっている。老眼に嬉しい。

会場ではガブリエル・メツーの「レースを編む女」が印象に残った。今年冬購入したハーフコートと似たデザインなのが目を惹いた。

「レースを編む女」
 ガブリエル・メツー

帰宅して彼の作品を調べるとユーチューブの動画があった。しかも70点と多くの作品コレクションがあり、17世紀のオランダのファッション、食べ物、文化を楽しむことができた。38歳と若くして世を去っている。

フェルメールの作品はメツーよりずっと少なく、30数点が残されている。11人の子供を抱えて、無名のうちに生涯を閉じた。今回の作品の他に「真珠の耳飾りの少女」「牛乳を注ぐ女」などが有名だ。ミステリアスな女性と光と独特な色彩が記憶に残る。

ミッフィ✖️フェルメール
「牛乳を注ぐミッフィ」

 

 

外国映画ウィーク

1月から3月は毎年、気分的に実務的に気がせく。
確定申告の下書きを済ませたところで、先週は気分転換を求め、映画ウィークと決めた。

アマゾンプライムは入会後、ほとんど利用していない。今回は1作品ずつ4日間連続で、おすすめ作品を鑑賞した。どれもハズレがなかった。頭の中を異なる思考が占領した。

🇩🇿  🇳🇱 日曜日に「アルベート・カミュ」1960年に交通事故で46歳の若さで世を去った哲学者、ノーベル賞を受けた小説家であり舞台演出家でもあった。昨年は「ペスト」で再び注目された。アルジェで貧しい子供時代を過ごしたが母の助けのおかげで高い教育を受け、パリに渡った。サルトルとは宿敵だった。

🇦🇷  🇵🇱  月曜日はアルゼンチンの映画「うちに帰ろう」。88歳のナチス時代を生きたユダヤ人の老人が「自分の人生に向き合う」決心をして、ポーランドの幼なじみで恩人を訪ねる旅に出た。少し冷たい家族より旅先で出会う人たちから親切以上の助けを受けながら旅は進む。

🇮🇸  🇺🇦 火曜日の「たちあがる女」もよかった。2018年のアイスランドの景色、温泉も出てくる。この作品もユーモラスなタッチだが自然界の中に音楽グループが演奏している情景が、斬新な表現方法だ。戦闘体制で一人で自然環境を守るために奇抜な工夫を凝らす。ウクライナに住む養女縁組のエピソードも扱っていた。

🇹🇩  水曜日は「ともしび」、2017年のベルギー映画だ。
原題は「ハンナ」。特殊な表現手法、説明しないストーリーで難解だった。コメントを読んでもそこで見解が多岐に分かれている。共感はできなかったが、妙に現実感があった。

朗読のクラス

昨年9月から月2回の朗読のクラスを受講し、朗読の世界に軽くふれている。

ルリカケス、奄美大島

講師は元アナウンサー、明るい美声で、細かく指導してくれる。クラスは数名の少人数だ。若いキャビンアテンダントの方も不定期に参加している。

始めは音読と同じように捉えていたが、それは全くの認識不足。自分が実際に身を持って行うと、今更ながら朗読の奥深さを知る。

テレビドラマなどの語り、声優など、聴き流していたが、如何に努力や才能、センスが必要なのかわかった。現在は地味な語り、朗読の部分も、今までにない角度で味わっている。

日頃の呼吸も大事で、腹式呼吸で文章を読めるよう、冷蔵庫に貼った発声練習表を見つつ、朝の2〜3分程度発声している。これだけでも始めてよかったと思える。

ジュンの思い出

12月30日の朝、急に昔飼っていた猫の大往生の日を思い出した。

ヒーターの上のージュン

確か16歳を過ぎていた。だんだん食が細くなった。片方のまぶたも下がって見えにくそうだ。治療もできなかった。ペルシャ猫系の雑種。ロングヘアで毛の中の体は外見ではわかりづらい。その頃は持ち上げると羽根のように軽々として驚いた。

その日の午前中、ジュンは家の中の階段下に座っていた。もう体力がなく、ほとんど動き回ることが出来なかった。名前を呼ぶと、いつもと違って後ろに向く。何か隠しているのだろうか?

正面を見ると、痩せて細くなったせいか、首輪と体の間に前足が入り込んで動きが制限されていた。そんな姿を見られたくなかったのだ。急いで前足を降ろした。やはりジュンは精神が強い。プライドが高い。

その日の午後、ジュンの姿は消えていた。庭、床下、近所、どこを探してもいなかった。その頃は散歩などできるはずもない。

いつか「完全な死は空中へ消えてしまう」と本で読んだことがある。

テレビの上のジュン

難消化性デキストリン

サプリメント類は日常的にほとんど使わない。
以前、数種類試した経験もあるが、手応えを感じられないと服用に飽きてしまう。また価格が高いと「自然の食物から摂取するのが自然だ」と考えなおす。

今回久々に難消化性デキシトリンを始めた。知り合いが効果あり、と紹介する話を聞き、試してみる気になった。

このサプリは水溶性食物繊維の粉で、飲み物に溶かして食事前や食事中に飲む。味はない。
2週間、5グラムの分砲を食事ごとに飲んだ。

人によって効用は一様ではないらしい。私の場合、整腸作用が正常になった。体重が1キロ減少。食後の血糖値の上昇をおだやかにするのは嬉しい。

いちばんの効用は睡眠の質が向上したと思えることだ。眠りが浅いたちだったが、朝起床するときスッキリしている。子供の頃のようだ。ここ最近では、鳥の鳴き声の目覚ましの音が聞こえないくらい熟睡している。

秋バラを見に行く

衆議院選挙も昨日終わり、11月に入った。
今日は快晴、気になっていた秋バラを愛でよう。イングリッシュガーデンまで帷子川沿いを歩いた。

輝くバラ
丸いバラと柑橘類低木

コロナ新規感染者数は東京でやっと一桁台に減少し、街の人流も急に多くなってきた。園内でも子供も大人も賑やかに会話を楽しんでいる。係の人は昨日までのハロウィンの飾りを取り外している。

青い空、秋の自然、
ノリウツギとバラ
ひときわ鮮やかな黄色いバラ

「初もの」をいただく

横浜から長野県に移住し、家族でワイン造りに携わっている児玉家。2019年から「種ありシャインマスカット」を販売している。今年お知らせを頂き、すぐに購入。有機の肥沃土で育ち、無農薬のブドウの味は上品な違いのわかる美味しさだった。すぐに”SOLD OUT”になり、追加注文はできなかった。家族や友人にも喜ばれた。

〜種ありシャインマスカット〜
 販売、児玉邸、長野県東御市

以前から気になっていたフォーションのミニエクレア。一口大で飾りのイラストがかわいい。古希の楽しみ用に購入した。クリームの中身は、柚子味、チョコチップ、チーズクリームなど。
ダイエットサイズでも満足できた。

フォーションのミニエクレア

近所に浅間下交差点がある。その近くにあるセブンイレブンで見つけた清酒「浅間下」。ローカルなネーミングに惹かれてこれも記念に購入。製造元は水戸市の吉久保酒造だ。マイルドで口当たりがよく、和食とあう。

清酒「浅間下」

チェコ共和国からの手紙

今年6月に突然チェコ共和国から封書の手紙が届いた。
心当たりがないまま、開封すると手書きで私の昔出版した「妙な本」を古本屋で見つけ、日本に興味があるという。とてもロマンチックな話だった。その本は27年前に出版したが今は絶版になっている。

その後郵便でお礼とメールアドレスをカードで送ると、返信が届いた。送り主は イフラヴァの町に住む20代の女性。メールで簡単にやりとりできるようになった。

ある外国の国を知るには、そこに住んでいる人と交流がその第一歩だ。
チェコ共和国が身近になった。東京オリンピックは「インターネットテレビで視聴し、スケートボードの日本金メダルがカッコいい」、と最新のコメントだ。

チェコスロバキアから1968年のプラハの春、1989年のビロード革命を経て、共産党体制からチェコ共和国に移行したことを私も今回を機におさらいした。今月BSプレミアムの番組で革命シンボルの歌がビートルズの「ヘイジュード」だと偶然に知った。マルタ・クビショヴァが替え歌にして国民の愛唱歌になったそうだ。「マルタの祈り」とともに彼女の代表曲。力強い歌声をユーチューブで聴いた。

チェコ産ビール、
 ピルスナーウルケル

チェコのビールも有名で、ピルスナーウルケルは1812年に生まれたビール、先日飲む機会があった。一般のスーパーでも売っている。苦味の効いたおいしいビールだった。

9月にエネルギーチャージ

9月に入って瞬く間に2週間が過ぎた。
昔から私は暑く長い夏は旅行や遊びの気力はなく、文字通りの夏休みで、体を休める時期だった。

9月は残暑があるもののカレンダーが9月になるだけで力が湧いてくる。見えない水面下の世界で来年2022年の準備、影響が始まっているのを感じる。私にとっては新年は9月に始まる。多くの学生も同じ感覚を持っているのだろうか。

手帳を買った。最近は秋始まりの手帳も多い。
来年はどんな出来事が記入されるのか期待と希望が出てくる。来年はトラ年。手帳の表紙に虎の親子が書かれている。作者も良い年を願って描いたのだろう。表情がニュートラルなのに惹かれた。

2022年トラ年の手帳

8月中は歩いて行くのを敬遠していた花問屋。久しぶりに店内を覗くと秋の気配がただよっていた。雪柳紅葉染と白い小菊、コスモスを買って母の写真の横に供えた。

もったいない、菅首相のいきなり退任

9月3日の昼過ぎ、菅首相が短く総裁選の自身の不出馬を伝えていた。
2分程度のスピーチ。やはり突然の政局の大変化に驚いた。

菅さんの選挙区が私の地元で、気さくな人と評判も良かった。
昨年中途で総理大臣に選ばれ、その前途多難な環境からの出発を応援していた。その時は長期政権になるかどうかは未定だが、安倍元首相の残りの任期を引き受けた。
そして今回その職の継続中止を自分の意思ではなく、周りが決めたように映る。

とはいえ、もったいない。1年間の首相のキャリアを積んで今日がある。初めから就任した新しい役職を完璧にこなす人はいないだろう。

日本は「もったいないの精神」を持つ国民として世界に知られている。ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイ女史が世界語にした「もったいない」キャンペーン。

その言葉に反して、日本社会の現実は物を新しく取り替える伝統や傾向がある。
例えば伊勢神宮の20年ごとに建て替える習慣、新年にお茶碗やお箸を新調すること。使える建物も簡単に壊して更地にする。

もったいない最近の例では、今年のオリンピックのために評判の良かった代々木競技場を取り壊し、新しくしたこと。そのオリンピック中に用意されたお弁当、コロナ対策の防護服やマスクは自動的に大量廃棄処分になった。

物ばかりではなく、人も人事も刷新して力を得ようとする。政局の流れを見ていて「何ともったいないことか」と思う。政治の空白が多すぎる。これでは首相にしろ大臣にしろ、キャリアを積むことができない。責任感も育たない。
大事な議論は空虚な質問と答え、批判に費やすことが多い。もったいないことだ。

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