マーストリヒト、街歩き、聖母マリア教会(3)

下船して旧市街をブラブラ歩くことにした。特に目指すところはない。古い石畳をよく見ると継ぎ目があり、石の形も同じではない。犬を連れて散歩している人、ラフな服装の親子、地元の住民、本を抱えた学生、豪華に着飾った年配婦人、観光客が一緒に週末をのんびり楽しんでいる。横浜の元町の休日を思い出す雰囲気だ。しゃれた店も連なっている。

花と石畳

聖セルファース橋から10分も歩かないうちに、大きな広場、大きく育った1本の木、その横に聖母マリア教会があらわれた。窓はほとんどなく壁状にみえる。海の星聖堂は無料開放されており、薄暗い。ロウソクがたくさんともっていた。ロウソクを買って一つ加えた。

聖母子の像は白く輝いていたが、細部はよく見えなかった。地下のギフトショップで絵葉書を買った。信者が寄贈する豪華な衣装。刺しゅうが美しい。たくさんの手の込んだ衣装があり、時々衣替えしているそうだ。

聖母子像

帰りのアーヘン行きの列車は18時19分。駅の近くで休憩することにした。

橋の近くに戻ると、ちょうどリバーサイドカフェのテーブルが一つ空いた。夕方のマース川、行き交う人々を眺めながらのんびりしよう。

アーヘンに到着した夜、ホテルのレストランで食べたハンバーガーとフレンチフライのポテトの量が一人前と半分くらいあった。ドイツの料理の一人前は一般的に日本人には量が多いらしい。それ以後、食べ過ぎに気をつけ、プリッツエルのサンドイッチやカットフルーツなどを間食に食べていた。パンは時間が経っても美味しく、飽きない。駅で多くの種類があり、人気がある。

●帰国して、ドイツフードに関してある研究者の講演会に参加した時の話。

ドイツのパンはヨーロッパでも特にいちばんと言えるくらいに美味しい。昔から主食と言えば、ポテトやキャベツ酢漬けではなく、パンとコーヒーだそうだ。日本のご飯とお味噌汁という定食感覚。お米を入れた野菜スープも庶民の食べ物も戦争中からあったらしい。

私たちは胃にやさしいメニューを選んだ。サラダ、野菜スープ、本日のスープ、カプチーノだ。野菜スープが人参色の濃厚味で美味しかった。本日のスープは鶏のささ身が入ったあっさり味。低カロリーの早い夕食をすませて駅に向かった。

マース川の船上でインタビュー最初の人と出会った(2)

今回の旅をより有意義な時間にするために、出発前に次のイベントを考えた。

まずサイン帳になるハードタイプの10センチ四方のミニアルバム(母の写真集)を持参した。写真は話の途中で利用することもできる。

⚫︎旅先で人のよさそうで、話しやすそうな人と会話する。

⚫︎彼らの出身、仕事、住んでいるところ、などを話題にし、最後に好きな言葉や座右の銘、モットーをアルバムに書いて名前だけでもサインをもらう。

⚫︎最後に日本からの記念品としてパイロットのフリクションボールペンを渡す。

このボールペンは先端に消しゴムがついているタイプで、外国人に人気と聞いている。

アーヘンでは観光に忙しく、インタビューの時間とチャンスがなかった。

ところが、遊覧船の階下のレストランに行くと、思いがけず、若いウエイターが話しかけてきた。

`Are you a Christian?  Because your choker chain of a cross…`

私の小さな、しかし光っている十字架のネックレスを見たのだ。

`Yes.  Are you?`

から会話が始まった。

自分もそうだといい、左手の手首内側に1センチ四方の十字架のタトゥを見せてくれた。アフリカのコプト教会だろうか?多くのクリスチャンではタトゥは普通のことらしい。

日本からの観光客だと告げると、すぐに積極的に質問してきた。

「日本にはどのくらいのクリスチャンがいるのですか?

エジブトではアフリカンクリスチャンが9パーセントくらいです。」

「日本は多分1パーセントくらい。」と答えた。

(⚫︎メモ:日本の歴代首相では63人中7名で11パーセントと以外に高い。)

彼はエジブトのカイロからオランダに移住し、このレストランで働いている。

最後にリクエストに応じてサイン帳に好きな言葉をアラビア語で書き、ハートマークを2つ入れてくれた。

 * Love is the base of life.*   (実際はアラビア語)

「日本語で訳を下に書いてください」というので、「愛は人生の基礎です。」と書いた。

そして最後に `This is a pen made in Japan. `  と記念品を手渡した。中学時代の教科書を思い出し、少しおかしく思った。同僚のウエイトレスに軽く手で注意されながらも、それにはお構いなく、彼はスマホを取り出し、2ヶ国語で書かれた彼の好きな言葉のサイン帳と私を入れて自撮り写真を撮った。仕事中だったので、とにかく素早い行動とインタビューだった。申し訳なかったが、喜んでいて私もうれしかった。

オランダ、マーストリヒトへ日帰りの旅(1)

アーヘンから国境を超えてオランダのマーストリヒトまで40キロ、急行で30分。下調べによるとオランダ最古の街でオランダでも人気の田舎町。なぜ有名なのか?

  • マーストリヒト条約が1993年11月に締結、ECから現在のEUへと移行。通貨統合の日程と基準を設定した。ユーロ(オイロ)が流通されたのは2002年1月から。

9月13日金曜日、旅の3日目、朝ゆっくりホテルを出た。アーヘン駅で往復切符を勧められ、20ユーロを払った。ダイヤの都合により各駅列車で65分乗車。11時50分にマーストリヒト駅に到着。駅舎の内外はレトロな雰囲気で素敵だ。外壁のタイルも一つ一つ違う絵が描かれている。

 

大通りを直進するとすぐに大きな橋と川が見えてきた。地名の由来のマース川だ。右手に遊覧船が泊まっている。とりあえず街並みを船から見よう。川岸に行き、次回の出発を尋ねると13時。10ユーロで1時間のクルーズ、ちょうどいい乗船の長さだ。

船のデッキに多くの人が集まり、船内のレストランからビールを注文して飲んでいた。私たちもデッキ端に腰掛けてSサイズの地元ビールを頼んだ。

マース川遊覧船から

 

空は少し曇っていたが、オランダのビール醸造所や学校関係の建物など生活の舞台が続く。

 

アーヘンの旅、カール大帝について(4)

●カール大帝の言葉:

「平和なくして、神を喜ばせることはできない。」

「自分の使命は、聖なるキリストの教会を作ること」

カール大帝

アーヘンはヨーロッパのホームランド、カール大帝は初めて西ヨーロッパを統一した皇帝。街中にカール大帝の存在が残っている。

旅行前にアーヘン、カール大帝について調べたが、その知識はなかなか頭の中に多くは留まらない。

帰国後、おおまかな人物像を改めて調べてみた。

⚫︎742年から814年までの71歳の生涯。身長195センチ。ふさふさの銀髪。

⚫︎好きなこと:乗馬、狩猟、水泳、温泉プールで側近達と泳ぐこと。

⚫︎動物の飼育:象、猿、ライオン、クマ、鹿、孔雀、キジ、カモなど宮廷動物園で育てる。

⚫︎好きな食べ物:焼肉、お酒は飲まない。

⚫︎語学:読み書きはしなかった。耳からギリシャ語やラテン語を習得。古代の歴史書など聴いて楽しんでいた。

⚫︎服装:簡素。麻の下着。チョッキとズボンのスーツに革製のゲートルをつけ、靴を履く。

800年12月25日、ローマのサン・ピエトロ聖堂の午前中のミサにて、教皇レオ3世より西ローマ皇帝として戴冠した。これは324年ぶりの西ローマ帝国の復活だった。

晩年、アーヘンをフランク王国の首都と定めた。

⚫︎カール大帝の悲しみ:弟を若くして亡くし、後継の長男、次男に先立たれ、三男が世継ぎとなった。

アーヘン大聖堂、ガイドツアーに参加する(3)

大聖堂から外に出て、周りを歩いているとインフォメーションセンタがあった。

中に入ると、受付がある。ガイドツアーについて訪ねると、2時から英語のガイドがスタートするという情報を得た。宝物館の入場券と合わせて10ユーロだ。 ちょうど2時まで1時間ある。宝物館を見学したあと、英語のツアーに参加することにした。

 

宝物殿はまさしく宝の山。熱心で裕福な信者、貴族たちがカール大帝に贈った品々、宮殿で特注したもの、金細工や宝石でうめられた十字架、象牙彫刻の聖母子レリーフ。大きな宝石が埋め込まれた眩しい金の聖母子像。足元に小さくひざまずいているカール大帝の像。珍しい姿だ。日本では見られない貴重な展示物の数々だった。1時間は短か過ぎたが、集合場所へ急いた。

すでに20人以上の参加者が、集合場所である木製ミニチュアの大聖堂のガラスケースの周りに集まっていた。ここでドイツ語ガイドと英語ガイドのグループに分かれた。

英語ガイドは若くて朗らかなドイツ人女性。始めに、皆さんどこから、来ましたか? と参加者に聞いた。

英国、イタリア、スペイン、ブラジル、アルゼンチン、日本等々。国際的だ。ガイドの説明は専門用語が多く、年代もわかりにくい。特に人名はチンプンカンプンだ。周りの人々もそのようだ。やはりカトリック信者が多いのか、宗教的な質問をしていた。話の合間に少し休みを入れて、皆さんでわかったことをお互いに助け合って説明してください、と気を使ってくれた。

 

 

 

 

 

ツアーでは、一般観光客が入れない祭壇や金の聖櫃の周りや、聖堂2階にらせん階段で上ることができる。1階はすでにツアー前に時間をかけて見学していたので、2度目の見学でさらに目を凝らして見学できた。2階は狭い階段で登り、回廊バルコニー風になっており、1階の聖堂を見下ろすことができる。600年間で30回の戴冠式がこのカイザードームで行われたのだ。祭壇の真正面が見下ろせる大理石の玉座はツアーならではの見どころ。大理石のシンプルなデザインの椅子だった。

ドイツ、アーヘン大聖堂、はじめまして。(2)

アーヘン大聖堂は宿泊ホテルから15分ほど上り坂の右手にあった。

朝の活気が始まっており、パン屋のショーウインドウには焼きたての様々な形のパンがところ狭しと陳列されていた。右手に屋根が見えてきた。小さな広場に面白いポーズをした数人の男たちが人工の泉の周りを囲んでいる。ドイツの彫刻はじっとしていない作品が多い。体型もユーモラスだ。

今まで曇り空だったのに、このドーム近くの広場に着くと日が射してきた。

空が曇りなのと晴天では、建物の見え方、印象がかなり違ってくる。天気に感謝した。中庭を通って入場自由の大聖堂。いよいよご対面と心躍った。

想像以上に素晴らしい細工に囲まれていた。どこを見ても超絶技巧を施された宝物。八角形の天井は複雑に模様や大理石が組み合わされている。ステンドグラスの窓も様々な模様、雰囲気で、時代が違うものが混在している。

信者の信仰が今も新鮮に息づいていた。786年にカール大帝が建てた宮殿教会の内陣には祭壇があるが、一般客は入れない。しかし、見るとグループが入って説明を受けている。

私が羨ましそうに仕切りのチェーンから身を乗り出していたのだろう。背広姿の年配の紳士が、1時から中庭に集合したら、ガイドツアーがあるよ、と教えてくれた。

写真は撮り放題、入り口に係のおじさんがいなかった。しかし、帰る時、おじさんに気づいて、1ユーロを払った。接着性の白いテープ状の許可の印をカメラにつけてくれた。

ドイツは入り口、出口、駅の改札、指定席の検札など、人がいたり、いなかったりで、チェックしたり、しなかったりで、これもお国柄だろうか?

大聖堂は今も補修工事があり、小さな小さな募金箱と大きなドームの全体写真が中庭に設置されてあった。姉と私は、これもご縁だ…と極小スリットに工夫しながら紙幣を入れた。貧しそうな人が突然、目の前に現れ、両手を差し出した。とっさに紙幣1枚を差し出した。男性の表情は変わらない、そのほうがよかった。

 

ドイツ、アーヘンに行く! 旅 の始まり(1)

母はキリスト教関係の月刊誌を数十年にわたって購読していた。

私は見出し程度を読む程度だったが、母が他界して約1ヶ月経った頃。

それは購読分最後の7月号の「サインズ」。珍しく隅々まで目を通した。

その中にアーヘン大聖堂の記事があった。ヨーロッパのキリスト教文化や美術が好きだった母。

ある時、私が家に戻ると、

「今日はイタリアの広場を散歩したよ。」

と言う。テレビをずっと見ているので、現実感があったのだろう。

母は海外に行く機会がなかった。

一緒に行きたいと思った時は車椅子。

他にもトイレ問題もあり、実現しなかった。

このアーヘン大聖堂の美しい写真を見て、読んで、ピンと来た。

ここを訪ねる! 母と共に。ケルン大聖堂も近い。二つの世界遺産を見て感じるのだ。母のセンスとも合うはずだ。

7月末、相続など実務手続きを超特急で済ませ、四十九日法要も終えて、一息ついた頃。

旅行会社を訪ね、旅の計画をたてた。1週間の予定でアーヘン4泊となんとなく親近感のあったハイデルベルグ2泊にした。

出発が9月11日なので、ホテルや航空券など早割料金が適用された。

同行の姉も私も若くはない。体力も自信がない。特急列車の予約は1等車で入れてもらう。

直行便で成田からデュッセルドルフまで11時間、帰りはフランクフルトから羽田まで13時間。

なんとか足の血行問題は大丈夫だろう。代金は全部で21万円だった。

昔、初めての欧州旅行は大韓航空で南回り、3箇所に寄りながら、24時間。

飛行機代もずっと高かった。40年も前のことを思い出した。

共に生きる

2019年、令和改元を迎え、母が5月に安らかにこの世を去った。

91歳、病名はいくつかついていたが、老衰も大きな要因だ。

最後の数年間、同じ空間で生活を共にしていて私の一部ともなっていた。

母が他界したら、私はガックリして数年は生きる意欲、気力がなくなるだろう。

数年前から覚悟はしていた。

人の死は、自然界の中のサイクルだ、友人が言っていた。

ところが、息を引き取って、自宅でドライアイスに囲まれていた2日目の夜。

どこからかメッセージを受け取った。

お母さんはあの世には行っていないよ。

ちさの胸に入って行き、もう少しこの世を見ていよう。

ちさが旅立つまで待っています。一緒にいます。

やすらかさが心に入ってきた。そして寂しさが消えた。

母もこの世を楽しんでくれるだろう。

急に強くなった。二人分のエネルギー。どこに行っても孤独ではない。

家族葬で行ったお通夜、そして告別式は予想外の明るい進行だった。

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プロフィール

⚫︎電子書籍の出版:
「眼(あい)天使が語った道しるべ」
ちさ&タモツ 著
幻冬舎より2020年12月28日配信してます。

●単行本の出版:
「天使が語った道しるべ」
幻冬舎より2022年3月16日に発行しました。

● 職歴:
4つの会社で英文秘書業務。
介護のため57歳で早期退職。

● 過去:
39歳11月10日夜中の3時、見えない導き手の聖霊と出会う。初めの「2年間共に生きる」の約束が更新され、約30年に及んでいる。

● 現在:
10数年の父と毋の介護を経て、令和に入った5月末、母が他界。セミリタイアの生活に入る。マンション管理組合の仕事はタモツさんに勧められて数年間携わっている。

● 好きなこと:
書くこと、インテリア、旅、映画鑑賞、美術館巡り、街歩き

● 興味のある分野:
人間、宗教、思想、海外事情、規則、終活

● デジタルライフ:
マックブックは2019年7月始めて購入。ブログを始めるのに良い買い物だった。iPadは数年愛用。

● ブログ:
自分の話をするのは得意ではなかったが、古稀を迎えることを意識して挑戦。母の他界後、これを機会にまずは2年間、シニアライフのブログ投稿を続けることにした。その後、生活習慣になり続けています。

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