秋のスペイン旅行:3日目 グラナダとフリヒリアナ

3日目、グラナダのメイン観光のアルハンブラ宮殿はイスラム支配となったのち、1232年にナスル朝王が建設し、貴族ら2千人以上の人々が暮らした。

1492年にカトリック両王によるグラナダ陥落までの間、711年から約800年に続く。

宮殿の入口に8時40分に到着、道路混雑もなく予定より早い見学のスタートだ。小高いヘネラリーフェ庭園を含め、3時間は歩いた。

カルロス5世の宮殿パティオ
植物だけのモチーフ、イスラムデザイン
幾何学模様と糸杉模様のタイルの壁
タイルの床模様
手前は「天国への鍵」の造形
庭の野外ホール、今も現役
チノス坂、太陽の丘へと進むと水の宮殿、王の離宮に続く

ニンニクスープ、オックステール煮込み料理のランチの後、バスで90分、107キロを走って白い街並みのフリヒリアナを散策した。

 

フリヒリアナの坂道
地中海を見晴らす白い村

典型的な地中海沿岸の快晴になった。4時過ぎに再びグラナダへ向かう。ここまでで3日目の観光は十分満足した。

翌日はホテルを7時30分出発で空港へ向かう。夜のアルハンブラのディナー付きフラメンコショーは体力温存のためパスをした。

秋のスペイン旅行:2日目 コルドバ

旅の2日目、マドリードのアトーチャ駅10時発のスペイン版AVEに乗車、約2時間でコルドバに到着した。

この日は昼食後、コルドバのメスキータ(イスラム教モスク)を2時間見学した後、バス移動約208km、3時間かけてグラナダのホテルに向かった。

歴史地区のカトリック大聖堂
小雨の中、到着

785年にイスラム教モスクとして建設が開始され10世紀に完成されたが、今は聖マリア大聖堂として使われている。
500本を超える柱や二重アーチが並び、2色色彩のレンガが特長の広大な建築物だ。

二重アーチが天井をさらに高く見せている

 

キリスト教の十字架

 

1146年初めてカトリック教会として使用された。1489年にはゴシック様式の身廊(入口から祭壇までの側廊より高い道)が作られた。

ミフラーブ
イスラム教の神聖な場所

イスラム教の至宝のミフラーブは、メッカの方向を向く神聖な場所だ。

カトリック教の祭壇、宝物
メスキータ

 

「花の小径」 コルトバ

最後に撮影スポットで有名な花の小径に立ち寄った。
狭い路地でも土産店などがあり観光客で混雑していた。

次の目的地グラナダへ向かう。
約208km、3時間のバスでの移動、スーツケースは先にマドリードからバスでグラナダの宿泊ホテルに到着している。

秋のスペイン旅行:1日目 マドリード&トレド

初めてのスペイン旅行、いよいよ11月11日、羽田空港から午前便でパリ経由マドリードに飛んだ。

14名のグループ。シニア世代のご夫婦5組と女性同士の2組、添乗員はスペイン渡航170回を超えるベテランという構成メンバー、スペイン6泊で名所旧跡を飛び回った。

紅葉が見頃の美術館周辺、開館を待つ人々

ホテルから近いプラド美術館、予約の開館10時前に到着した。周辺は朝の散歩にぴったり、天気も良く飛行機雲が見えた。

美術館前、ゴヤの像が見下ろしている

館内は撮影禁止、ベテランの現地日本人ガイドの年配男性が2時間ほど解説してくれた。ベラスケス、ゴヤ、エル・グレゴの三大巨匠そしてルーベンスの三美神などの名画を細かくわかりやすく解説してくれた。中身が濃すぎてちょうど良い感動の2時間だったが、観る時間がなかった他の作品も名残惜しかった。

フェリペ4世騎馬像
オリエンテ広場

ガイドさんによるとこの騎馬像はヨーロッパでもっとも知られている、プラド美術館の名画から造形した銅像だ。1640年にこの地に到着、後ろ足だけでバランスをとった安全性はガリレオ・ガリレイの計算のおかげで実現した。

トレドの旧市街とタホ川
15:50, 2025

名物の海鮮パエリヤのランチをいただいた後、バスで約1時間70キロの古都トレドに到着。

ローマ時代からの城塞都市のトレドは569年に西ゴート王国の首都になった。イスラム教の侵入で西ゴート王国が滅亡した後、1561年のマドリード遷都までキリスト教、ユダヤ教の文化が共存した。

アルカンタラ橋とタホ川、トレド
16:00、11/12/2025
市庁舎広場でフラメンコのイベントに集まる各世代の市民
サンマルティン橋からの景色
タホ川はイベリア半島で最長河川

11月12日、夕方5時30分、午後からの駆け足だった半日ツアーの世界遺産古都トレドの夕暮れ時を惜しみつつ、マドリードに戻るバスに乗車した。

横浜美術品@横浜ユーラシア文化館

老舗洋菓子店経営の山本博士氏(やまもとひろし)の東西文化が融合した明治以来の横浜ゆかりの美術品を観にぶらり散歩に出かけた。

10月11日から1月12日の会期だ。10月29日は数人の来館者で写真撮影も自由だった。

フクロウ意匠椅子
横浜彫刻家具、明治時代
西川オルガンと新撰讃美歌
1890年
樹ニ鳥細工花瓶 高浮彫り1876〜1882頃
七宝筒形灯篭鳩細工桜、高浮彫り
真葛焼 1881年頃

現存が確認できる七宝焼技法を使用した唯一の香山作品。
超越精密技巧と色彩に心揺さぶられた。

欧米の需要は高浮き彫りから、釉下彩陶磁器へと移る。

磁製緑釉蓮画花瓶
1901〜1904年頃
真葛焼、色入楓図大花瓶

後に続く二代香山の作品の気品、優雅さに魅せられた。

白陶鳳凰、二代香山 1917〜1940頃
古瓦鳩、二代香山 1917〜1940頃

貸切列車「ひとめぐり号」で道東を巡る旅 ④

最終日の朝はゆっくりホテルの庭を散策した。

かわいいエゾリスに出会って至近距離で撮影できた。
リスらしいフォルム、正面からの耳が特別に見える。

キタリス、ホテル大平原の庭
10月16日、音更町十勝川温泉

枯れ木も混じる庭の低木、ふと見ると、上半身の人間が「いいね👍」サインを出しているようなスガタ。

「いいね」 朝のホテル大平原にて

9時30分をホテルをあとにし、六花亭の自社ビルに寄る。
ひとめぐり号は帯広駅を10時47分に出発、占冠駅、安平町を経て、札幌駅に14時34分に無事到着した。

安平町(あびらまち)
チーズ、アサヒメロン、競走馬の産地、D51駅でも有名
占冠村(シムカップ)のご当地キャラクター、エゾクロテンのしむかっぴー

貸切列車「ひとめぐり号」で道東を巡る旅 ③

3日目の朝は8時20分、ホテルを後にしてバスで知床五湖に向かった。五湖のうち、知床一湖をガイドの案内で1時間ほど散策した。

知床一湖と遊歩道、湖水は地下水
知床一湖近辺の秋景色、海も美しい

遊歩道は地面から150センチ上に木組みされている。さらに電気ワイヤーが張られており、クマ対策も万全だった。知床半島は世界有数の高密度なヒグマの生息地だ。

この日は11時35分に知床斜里駅を発車。約6時間の列車の旅が続いた。

川湯温泉駅 12時20分

13時、摩周の豚丼弁当を頂いた。秘伝のタレと厚切りの豚肉は忘れられない味だった。

釧路駅前
タンチョウツルのレリーフ

4時35分頃、池田町近く、車窓から地平線に沈む夕陽を眺めつつ、6時頃、帯広駅に到着、十勝川温泉のある宿泊地、ホテル大平原に向かった。

池田町の夕陽

貸切列車「ひとめぐり号」で道東を巡る旅 ②

8時40分に上川駅を後にして、2日目の停車駅は、遠軽駅、網走駅。そして最終駅の知床斜里駅には12時38分に着いた。

遠軽駅近くの丘と踏み切り

遠軽駅でスイッチバック、すなわち座席の向きを変え、車両の進行方向が反対になった。北海道唯一のスイッチバック駅だ。

ビート(てん菜)は寒冷地で育ち砂糖の原料になる。全国では北海道だけで栽培している。あとは鹿児島でサトウキビが砂糖の原料 ー ほうれん草に似た葉っぱが広がっていた。

斜里町に広がるビート畑

車内で網走名物の「カニメシ」の駅弁を頂いたあと、バスに乗り換えて斜里町を巡る。

午後の観光船オーロラ号は、天候不良で欠航となった。
オホーツク海は白いさざ波が小さく横に走っていた。大荒れの海ではなかったが、あきらめも肝心。

オシンコシンの滝、斜里町

斜里町のオシンコシンの滝は落差約30メートル。
途中から流れが二つに分かれ、「双美の滝」とも呼ばれ日本の滝100選の一つに数えられている。

つぎに国道244号と334号の一部の全長28メートルの直線道路に上り、はるか彼方まで走る「天に続く道」を眺めた。

最後に日の入りには少し早い時刻、海に沈む夕陽を眺めるスポットに立ち寄る。

オホーツク海を望む夕陽台

予定より早めに宿泊予定のホテル知床にに到着。夕飯前に余裕をもって露天風呂に浸かりながら夕景を楽しんだ。

貸切列車「ひとめぐり号」で道東を巡る旅 ①

10月13日から3泊4日で友人と北海道の秋を感じる旅に出た。

全国から166名が参加の団体ツアーだ。JR北海道とJAL、阪急旅行社、3社の共同企画で、2025年は今回で5回目だそうだ。

JALから数名のキャビンアテンダントが列車に乗車し、華やかな雰囲気だ。

JR札幌駅ホーム
13:03発のひとめぐり号を待つ
客室4車両とラウンジ車両で
走る「ひとめぐり号」

明るいパープルカラーの列車が入構してきた。
定刻通り13時3分に札幌駅を発車。
初日の停車駅は旭川、愛別そして最終駅の上川には15時35分に到着。

旭川駅、ごまあざらしと北極グマがモチーフ「あさっぴー」

 

石北本線、愛別駅ホーム

各ホームで地元のゆるキャラの歓迎と宣伝があった。
愛別駅では、美味しいキノコの味噌汁をいただいた。

銀河流星の滝、層雲峡

バスに乗り換えて途中、名瀑銀河流星の滝に立ち寄り、17:30頃、層雲峡温泉のホテルに着いた。

安東美術館の藤田嗣治を訪ねた

9月25日念願の軽井沢安東美術館の訪問が実現した。

東京駅から新幹線で1時間、駅から徒歩10分と好立地にあるが、ー日帰りではあわただしい。駅近の宿に一泊して、秋の長野の散策も予定に入れた。観光客は非常に少なかったのが意外だった。

駅に近い矢ヶ崎公園、隠れ浅間山が見える 9/25/2025

公園右手の散歩道を歩いていると、程なく右側に安東美術館が見えてきた。

軽井沢安東美術館の入り口
企画展チラシ
天蓋の裸婦 1954、絵葉書より

戦後に描かれたこの作品、婦人の顔、左手の額装の中の少女、床の猫、いずれも全体像が描かれていない。婦人はベッドのほう、または壁の十字架を見ている。戦後、傷心で日本を離れて渡仏した心情を考えさせる。

キッチンにて 1951 、絵葉書より

戦後少女の絵を多く描いた藤田が珍しく少年を描いている。子供たちの表情は少ないが、生活の一場面で楽しそうだ。

展示室4 宗教画のコーナー

金色の壁をバックの聖母子の作品と椅子があるコーナーは、小さな教会のようだ。

展示室5 少女と猫の世界

最後はリビングルーム用ソファが置かれてある、家庭的な部屋だ。

出口出たところにフリードリンクやビデオデッキのあるリラックスコーナー、個別のテーブルが備えてあり、優しい心、豊かさが感じられる憩いの場所だった。

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