コロナ禍での入院患者との面会事情

学生時代の友人が「4月中旬に突然の脳梗塞で、入院をしている」と入院先の病院から電話をくれた。普段元気で笑顔しか見たことがない友人が、左半身動かなくなった。

電話で事情を聞いてすぐにでも、お見舞いに行こうと思い、詳しい事情を知るため友人の家族に電話をした。すると「昨今、コロナ関係以外の入院患者でも家族も病院を訪ねることができないですよ。院内感染予防のため、全国の病院どこも同じですよ。」という説明だった。すべての病院患者の面会が禁止されているとは知らなかった。介護施設入所者は高齢だから、持病があるからという理由で制限されている。一般病院でも同じだったのだ。

緊急事態宣言解除になった後、東京都内のこの病院での面会の緩和が6月15日から始まった。しかしルールや規制がある。面会時間は2時から5時まで。一回10分間で人数は2名まで。お見舞い品は持ち込めない。生花でなくプリザーブの花が好ましいが、置く場所は限られている。予約やリハビリの時間の問い合わせはできない。

入院中の友人はすでに二ヶ月の入院生活を送り、リハビリ中だ。短い面会時間でも会いに行きたい、と共通の友人を誘って週末の土曜日に訪ねた。しかしルールには細則があり、面会者は1親等相当の家族のみ。遠方からの家族は遠慮してくださいとある。受付で「10メートルくらい離れて手だけでも振りたい」とねばったのだが譲歩は望めそうになかった。一人を認めると他の人も要求するということらしい。用意していたメッセージカードを渡してくれるようお願いして、すごすごと病棟を後にした。

病院の帰り、近くの公園で。
「馬とピューマ」の彫刻

 

 

映画「コリーニ事件」

6月12日、2019年制作のドイツ映画「コリーニ事件」ロードショウ初日に映画館に向かった。昨年秋にドイツの旅をして人々と言葉を交して以来、ドイツのニュースや文化、食べ物に自然と関心が向く。

今回は20世紀を舞台に現役弁護士が描いた小説から、現代においての戦争犯罪にまつわる正義のあり方を問うている。戦争中は見過ごされていた残虐行為を、戦後その犯罪性を見直し、罪を再評価できたことがこの作品の大きなテーマだ。

その他に映画の中からドイツの現状を学ぶ楽しみもある。まずトルコ移民の新米弁護士とイタリア系移民の経済学を学ぶ女子学生が事件の謎を痛快に解き明かす。微妙な移民の立場もさりげなく描かれている。この弁護士の父親もトルコで弁護士をしているが、親子関係に問題があった。幼なじみで元恋人との関係、女性の豹変ぶり、そんな中で思いやりを示す弁護士の態度にも共感できる。

殺人犯の生涯に想いを馳せた。イタリア系移民の彼は30年間は善良なドイツ市民だった、そして殺人の罪で捉われの身になった。しかし弁護士のおかげで公けの場で正義を示すことができた。故郷のイタリアの田舎に帰り、魂は子供の頃に戻り、亡き父親と再会したのだろう。戦争中の悲劇現場には目を背けるが、裁判を取り巻く人々、そして監督の優しさに悲劇の中に救いを見た。

 

 

バンクシー展

横浜駅東口近くのアソビルで開催中のバンクシー展をブラリと訪ねた。
70点以上のバンクシーの作品が集められ、世界5都市を巡回した後、日本にやってきた。5月30日から再開され、9月末までの予定だ。

チケット窓口はなく、入り口の女性係員にQRコードありますか?と聞かれた。事前にネットで申し込むのが一般的らしい。クレジットカードは使えると言うので、立ったまま手続きをしてもらう。

バンクシー展のサイトにスマホでアクセスすると、全ての作品映像と解説が無料で聴いたり、読めたりできる。自分のイヤホンを使い、会場内でのガイドはフリーとなる。戦争や紛争、商業主義、資本主義に反対するアーチストだが、世界各地の展覧会、グッズの販売など商業的な企画も多く盛況らしい。一方、ストリートアートは今も展開しており、無料で人々に提供し訴えている二面性がある。

会場には若い人々でかなりの人気に驚いた。まだまだ自粛ムードが強い中、芸術を求めてこんなに若い人たちがいる。入場は基本ネットの事前予約ということで、慣れていない中高年層は気軽には入りにくい。

バンクシーのテーマは現状批判が多い中、世の中で立場がつらい人々へのエールやメルヘン的なほのぼの作品がステキだ。子供がいる作品はどれも印象深くアピールしている。普遍性がある。

戦争や紛争に関する作品が多い。何が原因なのか。彼の発信し続けるメッセージは何か、視覚から考えるきっかけになる、見応えのある作品展だった。

ただ、会場は非常に冷え切っているので、長袖の羽織るものが必要だ。鑑賞時間は最低2時間はかかる。

 

幸福なラザロ

6月3日久しぶりに映画館を訪ねた。
1日から映画館が再開され、座席が一つおきで予約でき、コロナ対策は万全だ。入り口で体温を測り、手をかざすだけで消毒液が出てくるボトルが置いてある。観客数は10名程度。会話する人もなくバラバラに座っている。

舞台はイタリア、実話、聖書に登場する死から蘇ったラザロが入ったタイトル、この三要素に惹かれ「幸福なラザロ」を観ることにした。イタリア映画の上映は数が少ない。1980年代に実際に起きた事件を題材にし、利他愛100%で生きる、無抵抗な若者ラザロの姿を描いている。

イタリアの片田舎で広大なタバコ農園を経営する伯爵夫人。無賃金で長い年月50数名の農民達を洪水があった川の向こう側で小作人として囲い、無慈悲に支配していた。子供達は学校にも行かず、電球もほとんどなく文明から外れて生活していた。しかしある時、伯爵夫人の息子が人質になる事件が起こり、メディアに晒されることになった。

聖書の中のラザロは死後4日目にイエスキリストの呼びかけで、生き返った。その後キプロスの教会の初代主教になったと伝えられる聖人だ。映画の中のラザロの生涯と異なるように見えた。この映画は狼やペットの小型犬も大事な役者で登場する。

愛の権化のようなラザロと村人の現実の厳しい生活、生きることに必死な人々の感情を全面に散りばめている。その中で、ホッとできた場面は三つ。数年振りに町で偶然ラザロを見た若い村の女性がひざまずいて、「聖人ラザロー」と崇めたこと。ナイトクラブで再会した伯爵夫人の息子がラザロ達をランチに招待した。その時、なけなしの現金から高価なお菓子を手土産に持って行ったこと。そして帰り道、教会から流れてきたオルガンの音楽が通りを歩くラザロ達を追いかけた。貧困生活の中でゆとりを感じ、安堵できるシーンだった。

池のほとりで

最近は近くの大きな市民公園内を散歩することが多くなった。
小学生の頃見た小さな池がまだ残っている。60年近く前のことだ。その間、訪れることがほとんどなかった。今はコロナ自粛生活中、運動不足解消のためもあって、マラソンをしている人、柔軟体操をしている人、子供を連れて散歩している若い家族など、多くの利用者が見られる。

散歩道には水辺がよいと池の周りにも立ち寄る。浅い泥沼だが、観察すると錦鯉が3匹、黒っぽい野鯉が数匹、中型の亀が2匹、確認できた。鳩も水辺にやってくる。

先日、四人の中学生くらいの男子が池に入って亀を取っていた。現代っ子が野遊びをする姿は珍しい。亀は地上に置かれ、動かないように軽く縛られている。「離してやりなさいよ」「外来種だからいいんですよ」同じく様子を見ていた犬の散歩中のおばさんと会話している。私は注意すべきか、違法なのか、まだ持ち去ってないし、と考え迷っていた。すると亀はするりとナイロン紐をすり抜け、あっという間に池の中に潜って去っていった。一件落着、ホッとした。

何も手助けしなかったが、後で浦島太郎の話を思い出した。助けた亀に連れられて、竜宮城に行きました。逆に、自力で難局を脱した亀に助けてもらった。

2鉢のセントポーリア

今年もセントポーリアが1月から5月まで次々と花を咲かせた。
二つあるセントポーリア、元気な方は花びらが白と紫の鉢は毎年つぼみをつける。葉っぱの色が濃くなり、艶やかに変わってくると、その後に花をつける。もう一つのセントポーリアは虚弱体質に見える。葉っぱだけの状態が数年は続いた。毎年花をつける方の葉っぱと比べて艶やかさがなかった。

昨年、葉っぱだけだったセントポーリアにつぼみが10個くらい付いた。葉っぱを見るとピカピカ輝いている。驚きと期待感で毎日花が開くのを見ていた。葉っぱの陰に隠れて1ミリもないつぼみ達。それは一つも枯れることなく、鈴なりになった。友人によると去年はセントポーリアが突然花をつけるケースが多いそうだ。離れていても同時多発性なのか?

その暖色系のセントポーリアは今年もたくさんのつぼみをつけた。去年、母と数ヶ月の間、咲き誇るセントポーリアを楽しむことができた。思い出の二つの鉢だ。昨日は母の1周忌でお墓参りをした。

去年、急に花開いた

 

 

 

ピカピカの葉

モンステラ

 

リビングにそびえるモンステラは10年くらい前、高さ10センチ足らずだった。
昨年あたりから「ジャックと豆の木」のように成長が加速し、天井に到達した時は拍手したものだ。去年、50センチほど切って形を整えた。今年も成長が早い。再び天井に届きそうだ。

若い葉はつややかに巻いているが、必ずモンステラの葉になる経過が面白い。モンステラの葉の形は一枚でも複数でも、アートになる。

切り取った葉も他の観葉植物の葉と一緒にコップに生けて、キッチンや洗面所近くに置いて長く楽しめる。

天井に届いた

 

葉っぱを生ける

慰問ライブ

最近はテレビでもユーチューブでも、質の良い貴重な作品が無料公開されている。コロナの影響で家で過ごす時間が多くなった。メディアの営利目的としない計らいだろう。ありがたいことだ。

今朝、ある歌の歌詞をユーチューブで検索していたら、桑田佳祐のライブが配信されていた。20年くらい前の映像だろうか、フジテレビの企画で網走刑務所慰問ライブを行なった時の記録。そのドキュメンタリーとライブ映像30分に見入った。珍しい内部の雑居房の様子、食事を作る受刑者たち、所長とのインタビューも入っている。

ライブ中も言葉の使い方が天才的だと言われるのがわかる。受刑者700人を前に
「シャバはいいぞ〜。」「ハワイは暖かいぞ〜」なんてトークしている。
「お勤めご苦労様です。」は会場を沸かせた一言。

選曲も当然選び抜かれている。
「春のからっ風」に始まり、「さらば恋人」「花」「ツナミ」「祭りのあと」「Stand by me」と続いた。

ライブの後、塀から外に出て雪でおおわれた知床半島をバックに「知床旅情」を野外で熱唱しているシーンもある。ライブの後で声が少し枯れているのは珍しい。外気が冷たく低い気温だと言葉も発しにくい。桑田くんは暖かい。

 

 

 

 

橘の木と老尼

NHKのラジオに古典講読の時間がある。先日、鴨長明の発心集の中から興味深い、ユーモラスな説話を紹介していた。

時代は平安後期から鎌倉時代。長年仏教を信じ修業を積んできた尼さんがいた。終末が近くなり、重い病で湯水も喉に通りにくい状態で病床に伏せていた。あと何日の命という時、隣の庭の橘の実が美味しそうに実っているのが気になる。是非とも死ぬ前に食べたい。家人が隣の僧侶に少し分けて欲しいと頼みに行くと、むげに断られた。

病床の老尼は激怒。たかが2個3個の橘の実も分けてくれないとは。今まで極楽浄土へ行くべく精進してきたが、今となっては生まれ変わって虫になり、あの橘の実を食いつくそう。隣の僧侶を恨みながら、この世を去った。さて、くだんの僧侶は熟して美味しそうな橘の実を食べる。するとその中には1.5センチほどの白い虫がいた。他の実を食べるとそこにも虫が、結局全ての実は虫に食い尽くされていた。毎年同じことが起こり、橘の木は切り倒された。

こんなあら筋だった。

多くのテーマがこの説話に含まれている。単に食べ物の恨みは恐ろしい、だけでない。臨終の介護を経験した人はこの老尼の無念さをより理解できる。小さな親切は惜しまないのが良い、という教訓も強く感じる。

 

小さな蜘蛛

今朝、リビングの床に小さな蜘蛛が立ち止まっていた。
最近は見かけなかった。小さい家の蜘蛛は私にとって四つ葉のクローバーだ。特に朝の蜘蛛は金運がよくなると言われる通り、実感する。収入が決まっていた会社員の時でも臨時収入が8割の確率で現実化し、不思議だと思っていた。

したがって家の中で出会う蜘蛛には自然と好意的になる。
以前、部屋の壁に小さい蜘蛛を見つけ、おはよう、などと声をかけていた。その蜘蛛は我が家に3ヶ月近くも滞在したのだ。いなくなったかな、と探すと目が止まった方向や場所にいる。あちらも警戒心が段々取れていったのか、なんと私の肩に飛び乗ったりしたことがあった。この話を友人にすると、にわかに信じられない、と言われた。私も珍しい行動だ、と思う。

蜘蛛は嫌われることが多いが、害虫ではない。どちらかと言うときれい好きだ。そして謙虚で臆病だ。人が歩くとさっと道を空けてくれる。逃げられないとわかると死んだフリをする。床の埃や小さな虫を食べているらしい。しかし蜘蛛は体内が空っぽになって食事をするので排泄物はほとんどないのだ。

昔、中国で読解困難な書の掛け軸があった。するとそこに蜘蛛が現れて、字をなぞり、その意味が理解できた、という伝説を聞いたことがある。
蜘蛛は神秘的で謎が多い昆虫だ。

 

Translate »